創立137周年記念講演会

「明日の日本と世界の構築に向けて」

 国連大学客員教授・日本国際連合協会理事     久山 純弘 先生

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校長による講師紹介:

 久山純弘先生には、公私ともにお忙しい中、母校岡山朝日高校の創立137周年記念講演の
講師をお願いしましたところ、快くお引き受けくださいました。心より感謝を申しあげ
ます。

 久山先生は、昭和30年に本校を卒業され、東京大学に進学、教養学部教養学科を卒業後、
上智大学国際学部大学院を修了されました。その後、経済企画庁(現在は名称変更で内
閣府)、ニューヨークの「国連開発計画=UNDP(UnitedNationsDevelopmentProgramme)」
等を経て、1975年から1984年まで日本政府国連代表部で外交官としての職務を果たされ
ました。この間、国連総会の主要委員会の一つである行財政問題担当の第5委員会の議長
のほか、国連行財政問題諮問委員会メンバーを兼務されました。引き続き、国連事務次
長補に任命され、「国連居住計画(UN-HABITAT)」事務次長として本部のあるケニアの
ナイロビを本拠に、都市を中心とした人間の居住環境改善問題に尽力されました。

 1995年からは10年間、国連総会選出により国連システム行政監察機構委員ならびに同議
長として、ジュネーブでも仕事をされました。2005年に帰国後、長年国連諸活動に貢献
したとして外務大臣賞を受賞、さらに国際基督教大学、国際大学での教鞭に加え、国連
大学客員教授を経て、現在なお日本国連協会理事を含む多くの分野で積極的に活躍され
ておられ、お忙しい毎日を送っていらっしゃいます。

 本日は、「明日の日本と世界の構築に向けて」という演題でお話をしていただきます。
長年にわたる国連での経験を踏まえて、「グローバルに仕事をするとはどういうことか」、
また東日本大震災後国際的な連帯感が高まっていますが、生徒の皆さんは「今後どう生
きるべきか」など考える上で、貴重なお話が伺えるものと期待しております。
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序〜ケネディ大統領就任演説から〜

 皆さん、お早うございます。ただ今、校長先生からご紹介をいただきました久山と申
します。校長先生からご紹介のありました通り、今日は「明日の日本と世界の構築に向
けて」というテーマでお話をしようと思っています。皆さんがご存じの通り、現在日本
だけではなく世界中で色々と困難な問題が起っています。そういった問題に対して、
「何が出来るのだろうか」、「どうすればいいのだろうか」ということを、この機会に
是非若い皆さん方と一緒に考えてみたいというのが、このテーマを選んだ背景です。

 私が大学生時代のアメリカ大統領はジョン・F・ケネディでした。名前は皆さんご存
じの方も多いと思います。非常に名高いアメリカ大統領の一人です。彼が1961年の大統
領就任に際して行った演説内容に私は深い感銘を受けました。その内容が50年前のもの
とはいえ、今なお現代的な意義を持っていると考えるので、やや唐突かも知れませんが、
まず冒頭に彼の言葉を一緒に見てみたいと思います。

 さて「あなたの国」(「your country」)というのはアメリカ人に対する呼びかけ、
これは勿論アメリカ自身を指しているわけですが、内容的にアメリカに限らず一般的に
通じるメッセージと捉えるべきでしょう。即ち「あなたの国が、あなた(あなた方)の
ためにいったい何をやってくれるのだ、ということを求めるのではなく、寧ろあなた
(あなた方)が自分の国のために何が出来るかということを考えて欲しい。」更に世界
中の全ての人々に向かって、「皆さん色んな困難なことがあるけれども、一緒に手を携
えて立ち向かおうではないか。」と述べています。このように非常に格調の高い演説を
今から50年前にケネディ大統領は行っていたのです。同大統領のこの言葉は「明日の日
本と世界の構築に向けて」という私の今日のテーマの主題として、音楽で言えば前奏曲
というか、序曲としてまず皆さんに多少ショックを与える(目を覚ましてもらう)とい
う意味もあり、冒頭にお見せしました。


「冷戦」終結以降の世界と日本


 実は、私は今から17年前に、朝日高校の皆さんの先輩の前で今日と同じように講演を
行ったことがあります。そのときに何を話したかは殆ど覚えていませんし、勿論今日ま
た同じ話をするつもりはありませんが、「あれから17年も経ってしまったのか」と考え
ると感慨深いものがあります。17年前といえば皆さんが生まれた年か、或いはその直前、
直後かと思います。この17年間、皆さんは暖かいご両親の庇護の下で大きくなり、いま
朝日高校で学んでいる。そして大学への進学を前提とした朝日高校のことですから、お
そらく多くの皆さん方にとっては現在これからの進路、自分の進むべき道等について真
剣に、或いはそれ程ではなくとも、そのことについて何となく思いを巡らす時期となっ
ているのではないかと思われます。そこで主題に入る前に、まず皆さんが生れた頃から
現在にいたるまでの間に、日本を含む世界においてどういうことがあったのか、換言す
れば皆さんはどのような世界的環境の下で育ってきたのかということを、おさらいの意
味も含めて簡単に一緒に見てみたいと思います。

 資料は皆さんの生まれる少し前から国際的に起ったこと、日本で起ったことを簡単に
示したものです。まず、国際政治の面では皆さんがこの世に生を得た1994,5年頃はアメ
リカとソ連の間の「冷戦」が終結、即ち東西ドイツを隔てていた「ベルリンの壁」が崩
壊し、東西ドイツが統合され、次いで現在のロシアの母体となっているソ連邦が解体し
てから4、5年を経た時期です。ソ連の崩壊によって米ソを両軸とする対立の時代が漸く
終わったということで、世界は平和になるだろうとの期待ないし気運が一時高まったの
ですが、残念ながらそれも束の間、その後地域あるいは国内紛争というものが多発する
ようになり、そのため世界で現在問題となっている難民の増加等をもたらす結果となり
ました。

 そのような状況が続いている中で世界をひときわ震撼させたのが、2001年9月11日の
「アメリカ同時多発テロ」です。当時まだ幼かった皆さんの中にも、その象徴的出来事
であるニューヨーク・マンハッタンの世界貿易センタービルにテロリストの乗った飛行
機が突入するという衝撃的な映像を見た人がきっといるでしょう。この「アメリカ同時
多発テロ」に端を発して、「アフガン戦争」、「イラク戦争」が勃発し、いわゆる「テ
ロとの戦い」といわれるものが泥沼化するという状況が残念ながら今も続いています。

但しこの間、国際政治の面で多少ポジティブな動きもなかったわけではなく、とりわけ
軍縮の面では全ての核実験を禁止する条約(1996年)とか、対人地雷の全面禁止条約
(1997年)等が成立しました。尚、政治以外の分野ではこの間、地球環境、資源・エネ
ルギー、食糧、人口問題等、地球規模の種々の問題が露呈化して現在にいたっています。
 他方、日本国内に目を転じると、ちょうど皆さんが生まれた頃に発生した「阪神淡路
大震災」或いは「地下鉄サリン事件」を除けば概して平穏な年月が続き、その意味でも
「平和ボケ」という言葉をよく耳にする状況がしばらく続いていたように思われます。
 しかし今年の3月11日に発生した「東日本大震災」はそのような眠りから完全に目を
覚 まさせるものとなりました。

 前置きが大分長くなりましたが、今日の私の話はまず東日本大震災の問題に触れたあ
とで、国際社会が直面している諸問題への取り組みに当って、とりわけ国連の果たすべ
き役割、またそもそも自分達と国連とはどういう関わりがあり、日本を含む世界を少し
でもより良くするために我々としていったい何が出来るのであろうか、そのためのヒン
トになるかも知れないこと等について私の経験等をも踏まえながらお話したいと思って
います。皆さんも私の話を聞きながら、ただ聞き流すのではなく、一緒に考えて欲しい
と思います。


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東日本大震災の性格とインパクト

 それでは東日本大震災はどのような性格のもので、どのようなインパクトを与えたの
でしょうか。まずそれらについて簡潔に取りまとめお話したいと思います。


@天災プラス人災

 3月11日以降、東日本大震災のことに直接、間接に全く触れられない日は無いと云って
よいほど、毎日何らかの形で東日本大震災と関係のある放射能とか、がれきの処理等々
の話がテレビ・ニュース等で報道されています。岡山のような平和な所に住んでいると、
しかもこういう問題にあまり関心のない人にとっては、何故いつまで経ってもこのよう
な報道を続けなければならないのだろうかという風に感じている人もいるかもしれませ
ん。しかしながら東日本大震災に関して非常にはっきりしているのは、阪神淡路大震災
の場合と質的に異なり、単なる天災ではなく、原発問題を伴った極めて大きな人災とい
う点であり、その意味でも今回の震災は東北地方だけの問題ではなく、日本全体の問題
であると認識すべきです。

A生活態度・価値観の変更(?)
第二点としては、今回の震災はものの考え方、或いは生活態度、価値観、大げさに言え
ば人生観の変更も余儀なくされるような、そういう大きな出来事であったということで
す。例えば、東日本大震災が起った後、関東地方を中心に停電が毎日のように実施され
ました。皆さんの日常生活において昼夜を問わず毎日何時間も停電するという、そんな
ことが想像出来ますか? このような状態が少なくとも関東地方では、私の住む東京を
含め、随分続きました。そういったことを一つ取り上げても、やはり無関心ではいられ
ないわけです。ところで今、ブータンの王様ご夫妻が新婚旅行を兼ねて日本に来られて
います。ブータンというのは、ヒマラヤにある小さな国で決して豊かな国ではありませ
ん。しかしブータンという国に興味をそそられるのは、今回来日した王様のお父さんの
代から、必ずしも経済的指標ではなく、幸福という尺度で物事を考えようとしている極
めてユニークな国という点です。実際世論調査等の結果でも自分達は幸せだと感じてい
る人が非常に多い、そういった国の模様です。我々日本人としても、ブータンの事例は
今回の大震災を契機に思考・生活態度、価値観・人生観等に思いをはせるに当っての一
つの参考になるのではないかと思われます。

B政治の貧困が露呈
第三点は、日本の政治の貧困・お粗末さを多くの人が再認識したことです。しかし、こ
こで少し考えないといけないのは、政治家を選んだのは国民という事実です。皆さんも
あと何年かすると選挙権を持つこととなります。政治家はどこか別の世界に住んでいる
人達ではありません。良い国にしたいと思うのなら、自分達(国民)自身が意識の向上
をはかり、良い政治家を選ばなければなりません。皆さんもやがてそういった責任を負
うことになります。是非今から、そういう自覚を持って欲しいと思います。

C脆弱な危機管理体制
 四番目は日本の「危機管理体制」が非常に脆弱であることがはっきりした点です。今
年の最頻度使用語とみられる「想定外」が繰り返し唱えられてきたわけですが、福島原
発の事故そのものは当初の想定の甘さに加え、日本の危機管理体制の脆弱性を世界中に
露呈する結果となりました。皆さんの中に気付いている人がいるかどうか分かりません
が、2,3日前に福島第一原発の2号機でも新たなメルトダウンが生じている可能性が
あるとか、次々と色々なことが報道されています。福島原発については再稼働の可能性
なしというのがコンセンサスになっている筈ですが、それをきちっと安全に止めるにも
少なくとも30年はかかるというような状況です。そういう大変な事態となっているわけ
です。それにも拘わらず世界を見渡すと、原発は非常に重要と考えている国が結構あり、
日本政府もそういった国(例えばベトナムとかインド等)に原発関連技術輸出を継続し
ようとしている趣きですが、私としては控え目に言ってもそのようなことには極めて慎
重であるべきと考えます。

 何れにせよ福島で起ったことは、原発をこれから推進しようとしている国、或いは既
に原発を持っている国にとっても、色々な意味で教訓を与えるものであったわけで、ま
た実際にそうならなければならないと考えます。

D人間の安全保障
 次は日本国内における「人間の安全保障」の問題です。人間の安全保障とは既にお話
した通り、冷戦終結後、地域あるいは国内紛争というものが多発するようになり、その
ため多くの難民の発生等、人々の生命、生活、尊厳等を維持することが極めて困難な状
況が世界のいたる所で見られるようになっているのを受けて、日本がイニシアチブを取っ
て国連の場で確立されつつある概念です(その背後にはジュネーブで国連難民高等弁務
官を務められ、私もよく存じ上げている緒方貞子さんのご尽力があります)。このよう
に、「人間の安全保障」はもともと日本のような国のことを頭に描いて出てきた概念で
はないのですが、東日本大震災が発生し、その結果およそ人間の尊厳に値するとは考え
られないような状況下での長期にわたる避難生活はもとより、今なお多くの被害者達が
種々の面で問題のある生活を強いられていることは、外の世界の問題と思われていた人
間の安全保障が、皮肉にも日本自体いかに脆弱であるのかという実態を世界中にさらけ
出すこととなったわけです。

E連帯意識の目覚め
 これまで見てきたように、東日本大震災は多くの点でマイナスのイメージを与えるも
のであったのですが、同時にプラスの面もありました。その一つは、東日本大震災の直
後に多くの若者たちがボランティアとして迅速に立ち上がりました。具体的には被災地
に出かけ生活に必需の食べ物、衣料等の提供にはじまり、がれきの処理とか、子供・高
齢者・病人の世話等々、色んなことを皆さんと同年配ないし若干年上の若者達が中心に
なって活動したことは注目すべき一つの大きな動きです。

 もう一つは今回の震災を機に、例えばアフリカの貧しい国を含め非常に多くの国々か
ら支援・援助を受けたという事実です。このことは他の国の多くの人達も、今回日本で
起きたことは決して他人ごとではなく、自分たちの問題でもあるということを強く感じ
たことの証左ではないでしょうか。同じこの地球上に住む人間としての「連帯意識」、
言葉を換えて言えば「世界市民意識」と云うか、少なくとも短期的にはそういった意識
を目覚めさせたというメリットがあったと思います。ただこの点については、ハーバー
ド大学のマイケル・サンデル教授 ―最近彼は日本のテレビにも時々出演するので知って
いる人もいるでしょうが― が次のように述べています。

「他者の痛みや喜びを自分のことのように共有する、国境を越えた『世界市民意識』を
持続的な形で築けるかどうか、これは今のところまだ分からない」。つまり、私が今お
話している「連帯意識を目覚めさせた」というのも、少なくとも短期的にはそういった
インパクトがあったと思いますが、今後どうなるかは分からないと言わざるを得ないで
しょう。

どのように対処すべきか
〜未来世代への責任・自然との共生〜


 以上、東日本大震災の性格、インパクトについて概観したわけですが、それでは、こ
のような状況にどのように対処すべきでしょうか。既に述べた通り、今世紀に入って地
球環境、資源・エネルギー、食料、人口問題等々、地球規模の色々の課題が顕在化てい
るわけですが、それらに加え、新たな要因として最近にわかにTPP(環太平洋経済連
携協定)も浮上しています。しかし、ここでより重大なのは、自然を放射能で破壊する
ことになった福島原発問題のあおりで多くの農業・漁業従事者がまともに生活出来なく
なったという厳然たる事実です。従って東日本大震災の復旧・復興に当ってはこのよう
な諸要因を勘案しつつ、失われたものを単に元に戻すということではなく、今回の震災
からの教訓を踏まえて、自然との共存・共生を基盤とした持続的な社会の構築を目標と
して「未来世代に対する責任」を果たしていくことが極めて重要と考えます。

 何れにせよ今回の大震災を受けて、日本に援助、支援等をした諸外国としても、震災
の教訓を踏まえて日本が何か貢献してくれるだろう、何かを世界に発信してくれるだろ
う、と期待を込めて待っています。従って日本としてもそれに応えるべき義務と責任が
あります。その場合、先程も言った通り単に政治家に任せるのではなく、政治家が頼り
にならなければ尚更、皆さんが、明日の日本を背負って立つ皆さん自身が、3月11日に起っ
た危機を一種のチャンスと捉え、これからの日本の方向付け等につき考え、行動するこ
とが必要と考えます。


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世界(国際社会)・国連

 日本の話はここまでとし、ここから世界というか国際社会、とりわけ「国連」の話に
移りたいと思います。皆さんの中には、世界とか国連とかの話にはあまり関心がない人
がいるかも知れない。とりわけ最近では「内向き志向」ということがよく言われていま
す。これについて、東大教授で国際政治学者の藤原帰一氏は最近の新聞紙上で、「日本
では、世界を知ろうという関心が衰えているように思われてならない」と述べたあとで、
非常に重要と思われることとして「自分の国で発生したわけではない事象、即ち他国で
起っている事柄に対しても関心を抱き、情報を収集し、何が出来るかを考える態度こそ…
今求められている」という趣旨のことを述べています。天下の朝日高の皆さんも、しば
らくの間私のしゃべることに耳を傾けて下さい。


私と国連

 国連について一般的な話をする前に、まず私と国連との関わりの原点につき一言触れ
たいと思います。それは残念なことに廃校になってしまった岡山市立丸之内中学の確か
三年生の夏休みの時ではなかったかと思いますが、自分の将来に少し思いを巡らせなが
ら、日本の公務員(国家公務員)になるのも良いが、国家公務員というのは日本の国益
を一生懸命守るために仕事をする。それはどうもつまらなそうだ。やはり地球益という
か世界全体を考える仕事の方が意味があるのではないかといった極く素朴な感じを懐い
たのが私の国連との関わりの原点のように思います。ところで私と国連との関わりにつ
いては、冒頭校長先生から概略ご紹介いただきましたので時間の制約もあり繰り返しま
せんが、ここに一枚の写真がありますので、それを見ながら少しだけ補足したいと思い
ます。

 下の写真はニューヨークの日本政府国連代表部(― その長が国連大使。最近まで私の
友人である高須幸雄氏がその任にありました。殆どの国が国連代表部を設置し、諸々の
国連会議への出席のほか、本国政府の出先として重要な機能を果たしています ―)で9
年間外交官としての仕事をしていた際に、3か月間(1983年9月から12月まで)にわたり
国連総会の主要委員会の一つである第5委員会の議長を務めていた時のものです。常にこ
ういう雰囲気というわけではないのですが、この写真は国連会議の一つの典型的な姿と
云えます。真ん中に座っているのが議長(まだ若かりし頃の私)、その隣の頭の白い人
が当時の国連事務総長で、ペルー人のペレス・デ・クエヤル。その隣は関連委員会の委
員長、一番端は会議報告者で二人とも政府関係者です。また国連事務局側からは私の右
隣の会議担当官のほか、国連事務次長その他の幹部職員並びにその秘書等が壇上に座っ
ています。尚、檀上のすぐ前に座っているのは会議の記録係、その先に写真には写って
はいませんが、多くの国の代表が着席しています。この写真はおそらく国連の予算案を
事務総長がイントロデュースしている時のものだったと思います。


国連の機関・機構

 写真説明の中でも間接的に多少触れたことですが、一口に国連といっても大きく分け
ると、国連総会のように各国代表(外交官)が出席する、即ち国連加盟国の集合体ない
しフォーラムとしての国連と、事務総長をトップとする事務局の二つがあります。日本
の新聞などで、国連の批判をしたりするときに、どっちの話をしているのか、よく分ら
ないようなこともあります。従って論点を明確にするには、この二つをきちんと分けて
議論する必要があるということをまず指摘したいと思います。

 さて国連の主要機関は、国連憲章の定めにより、国連総会のほか、ある意味で一番重
要な安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会(現在は殆ど休眠状態)、国際
司法裁判所(雅子妃のお父上である小和田(恆)氏が現所長)、それに事務局の6つで
す。

 それでは国連の機構につき簡単にお話しましょう。国連事務局はニューヨーク本部の
ほか、ジュネーブ、ウィーン、ナイロビに主要なオフィスを構えています。次に国連総
会が設立したプログラム機関として、私も関係したUNDP(国連開発計画)、UN―
HABITAT(国連居住計画)のほかに、クリスマス・カード等で馴染みがあるかも
知れないUNICEF(国連児童基金)、UNFPA(国連人口基金)、WFP(世界
食料計画)、UNCTAD(国連貿易開発会議)、UNEP(国連環境計画)、UNH
CR(国連難民高等弁務官事務所)等があります。また専門機関として、ILO(国際
労働機関)、FAO(国連食料農業機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、
WHO(世界保健機関)、UNIDO(国連工業開発機関)、IMO(国際海事機関)、
ITU(国際電気通信連合)等があり、、そのほかワシントンの世界銀行等も専門機関
の一つです。尚、イランや北朝鮮の核開発などで最近よく耳にするIAEA(国際原子
力機関)は設立の経緯もあり、一応専門機関とは別扱いされています。これらに加え、
地域委員会がバンコクのESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)を含め世界の4か所
に置かれています。


国連の意義

 このように国連の機関には色々あり、機構的にも複雑なものとなっていますが、そも
そも国連の存在意義は一体何なのでしょうか。これに関する代表的な見解として、第二
代の事務総長を務めたスウェーデンのハマーショルド氏の残した有名な言葉があります。
「国連はこの世を天国にするために創られたものではない。しかし地獄となることを防
ぐために創られたものなのだ」。私もこれは極めて現実的で適切な言葉だと考えます。
ハマーショルド事務総長のメッセージからも明らかな通り、確かに国連は完全なもので
はない、皆さんも何となくそういう印象を持っているでしょう。しかし今のところ世界
には国連に代わる、国連のような普遍的(グローバル)な機関はほかにないのです。勿
論問題があるのだったらいったん壊してしまって、また新しいものを作ればいいのでは
ないかと云った考えもあり得ましょうが、話はそう簡単ではないので、やはり不完全な
点は極力修復・改革し、既存の国連を最大限活用していくというアプローチが現実的で
あり、望ましいと考えられます。


国連の正当性と包括的プロセス

 国連の存在意義を高めるには、国連の問題点というか、その不完全な点を極力修復・
改革し、最大限活用していくことが現実的と述べました。これに関する一つの重要なヒ
ントとして、去年の九月から一年間国連総会議長を務め、私個人としてもディナーを共
にする機会に恵まれたことのあるスイスのダイス氏が、議長就任の際に述べた次の言葉
があります。「我々が今日直面している諸課題は、地球規模の広がりをもっており、従っ
てグローバルな解決策を必要としている。我々の行動は幅広い正当性と包括的プロセス
の結果でなければならない」。

 さて、ここで「正当性」という語が出てきたので簡単に説明したいと思います。云う
までもなく国連は第二次世界大戦が終わった1945年に戦勝国が中心となって作った機関
です。その意味で、国家(政府)が中心となって作られた組織であることは明白です。
しかしながら国連の受益者は、国連憲章の一番最初に書かれている「WE THE PEOPLES」、
即ちこの地球上に住む全ての人々なのです(この辺りの解釈に関しては厳密に言えば多
少異を唱える人もいるかも知れませんが、基本的にはそのように解釈すべきものと考え
ます)。換言すれば、国連は確かに国家により作られたものではありますが、それは単
に国家の利益・関心事を満たすだけでなく、この地球上に住む全ての人々(「地球市民」)
のために、そのための利益になるようなものとして作られたということであり、現実に
そうならなければならない。即ち国連、その全ての行動・活動は、本来地球市民の眼か
ら見てもその関心事・利益を満足させるようなものでなければならないということなの
です。これが国連の「正当性」ということの意味合いです。
 次に「包括的(inclusive)プロセスでなければならない」というのは、国連の諸々の
会議における色んな意思決定プロセス(過程)に単に国家(政府)の代表だけでなく、
極力政府以外のNGO、企業関係者等々、一般の地球市民も参加出来るようにすること
が国連の正当性確保の手段としても必要ということです。このように国連総会議長が、
議長就任演説の中で敢えて国連の正当性確保とか、包括的プロセスの必要性に言及しな
ければならなかったのは、未だ国連の現状が種々の理由でそれらの点につき不満足な状
況にあるからであり、従ってこういった現状改善のための一層の国連改革努力が望まれ
るところです。何れにせよ、現在高校生である皆さんも地球市民として、将来的には国
連の意思決定過程のみならず、国連活動の実施等に積極的に参加し、この世界を少しで
も良くすることに貢献して欲しいと思います。


世界の現状認識と未来世代への責任


 去年の9月から一年間総会議長を務めたスイスのダイス氏に代り、今年(2011年)の9
月にはカタールのアル・ナセル氏が新たに総会議長となりましたが(総会議長は毎年地
域間で持ち回りすることになっています)、彼は議長就任演説で、「我々は歴史的にみ
て極めて重大な歴史の瞬間にこうして一堂に会しているのです」と前置きし、世界の現
状認識として
(一)「アラブの春」のほかニューヨークのウォール街での大きなデモ等に象徴される
   (政治的)ガバナンス(統治)の現状に対する不満の爆発、
(二)自然環境の破壊に基づく災害、人道的危機の頻発、
(三)一九30年代の「世界大恐慌」以来の金融・財政問題を中心とした経済的危機、
(四)不十分な人権問題への対応等を指摘した上で、

 現在に生きる我々としては未来世代に対する責任として、このような極めて重要な諸
 問題に適切に対処することが求められており、 国連を含む国際社会にとっては、今
 こそ創造的ビジョンを伴った解決策を見出すための勇気、知恵、ねばり強さを発揮す
 るチャンスであるとしています。私としても今年の国連総会で議長がこのような演説
 を行ったことは極めてタイムリーと考え、未来を担う皆さん方とそのメッセージを共
 有した次第です。


国連の当面の課題

 尚、参考までですが、アル・ナセル総会議長は今述べた諸点をベースに今年の国連総
会の重点的課題として次の四つを挙げています。

(一)紛争の平和的解決、平和構築、核軍縮、テロ対策、
(二)市民社会の役割強化を含め、地球規模の諸課題に効果的・効率的に対処するため
の国連改革、国連の活性化、
(三)国連ミレニアム開発目標(具体的には、極度の貧困と飢餓の撲滅、全ての子供に対
する初等教育、女性の地位向上、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康改善、エイ
ズ等の疾病蔓延の防止、環境の持続性確保、開発関連グローバル・パートナーシッ
プの推進の八項目から成る)達成のための更なる努力、
(四)防災強化、持続的開発会議(2012年)の準備、人権問題その他。

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国際的な仕事・事柄に関わるための選択肢

 以上からも明らかな通り、世界には取り組むべき課題が無限に存在すると云っても過
言ではなく、従って一人でも多くの皆さん方がこういった問題に関心を持ってもらいた
いと思います。それでは将来国際的な仕事とか事柄に直接・間接に関わりたい(従事し
たい)と考えた場合どのような選択肢があるでしょうか。

@国家公務員
 その第一は国家公務員(特に外務省)でしょう。しかし外務省の場合、国連を含め国
際的な仕事・事柄に従事すると云っても国家公務員として当然のことながら国益を守る
ことが第一となります。

A国際公務員
 第二は勿論国際公務員になることです。その代表的なのが国連職員になることですが、
国連職員にも色々な仕事があり、大別すれば、主として途上国での「オペレーショナル」
な仕事(プロジェクトの実施等)と、種々の分野での政策・規範作りやマネージメント
一般等に従事する仕事があります。UNDPやUNICEF等の仕事が前者に該当し、
国連本部等での仕事が後者に該当します。尚、国連関係の国際公務員には国連総会等の
選挙で選ばれるポストもあり、国際司法裁判所の判事とか、私が比較的最近までその任
にあったJIU委員等がそれに該当します。

B関連国内機関の職員
 国際機関でなくても関連国内機関、例えばJICAの職員となれば国際協力等の分野
で有意義な仕事が出来ます。

CNGO
 皆さんも知っている通り、最近NGOないしNPOの国際的活動・活躍が目立つよう
になりました。NGO専属の仕事もありますが、他に定職をもちながら余暇を利用して
NGO活動に参加するのも一つの選択肢です。NGOは具体的には先程言及した国連ミ
レニアム開発目標関連の活動に従事するとか(例えば「ヒューマンライツ・ナウ」とい
うNGOは人権分野で活発に活動しています)、種々の国連関連会議に参加しています
(これに関して、当面NGOは所謂オブザーバー参加ですが、先に強調したように、将
来的には国連会議の意思決定過程にNGOの声が効果的・実質的に反映されるような状
況となることが望ましいと考えますので、そのような状況実現のため、私としても機会
ある毎にこの問題を提起しています)。

 ところで、NGOの国際貢献に関してはもう一つお話したいことがあります。それは
特定問題に関する国際世論の盛り上がりを背景にNGOがイニシャテイブを取って、そ
れに賛同する国との連携の下に非常に立派な仕事をしているというもので、少なくとも
2つの事例があります。その一つは既に述べた「対人地雷禁止条約」であり、もう一つは
「クラスター爆弾禁止条約」(2010年に発効)です。前者は「地雷廃絶国際キャンペー
ン」というNGOのジョディ・ウィリアムズ(カナダ人女性でノーベル平和賞受章者)
という人が中心になって、カナダ政府のほかノルウェー、オーストリア政府等を動かし
条約締結にこぎつけたもので、後者もまた「CMC」と云われるNGO連合が中心となっ
て、ノルウェー政府等との連携の下に成立したものです。因みにクラスター爆弾という
のは、爆弾が一つ炸裂するとその子弾がバラバラと広がって甚大な被害を与えるもので
す。尚、地雷禁止条約に関してはその成立を記念して、足が一本足りない三本足の大き
な椅子が、たまたま私が数年前まで仕事をしていた国連ジュネーブの緑の美しい前庭の
真中にぽつんと置かれています。いつかジュネーブに行くチャンスがあったら是非見て
下さい。

D民間企業
 また皆さんの中には将来ビジネス関係に進みたいと考えている人も多いでしょうが、
国連のイニシャティブもあって最近では企業の社会的責任(CSR
[CorporateSocialResponsibility])、つまり民間企業といえども単に金儲けだけに関心
をもつのではなく、社会的な貢献にも関心をもつべしとの考え方が次第に世の中(国際
社会)に浸透しつつあるということを是非頭の中に入れて置いてもらいたいと思います。

Eボランティア
 尚、選択肢の最後として、震災発生後若い人達が大活躍したように、ボランティア活
動も極めて貴重と思います。


インターネットの活用による関連情報の取得と参加

 最近、国連関係等のイベントに加え、将来国際的な仕事に従事したいと考えている若
い人達向けの人材・リーダーシップ養成プログラム等が日本国内においても色々実施さ
れるようになっています。とは言え岡山のように地方に住んでいると、そのような情報
・ニュースを手に入れる上でハンディがあるのでは、と感じている人もいるかも知れま
せん。しかし幸い今はITの時代で、東京にいなくても、或いはニューヨークにいなく
ても、いわば世界中のイベント等の情報を手に入れることが出来るし、必要に応じそう
いったイベントに参加することも可能な状況だと思います。例えば、私が関係していた
国連大学でこの間ある会議が行われましたが、オンラインでずっと参加することが出来
ました。また「模擬国連」と云われるものが色んな所で開催されていますが、こういっ
た情報も国連広報センター(東京)のほか、国連関係の一般的な情報源である
「http://www.unforum.org」に登録しておけば自動的に入手可能ですし、因みにアメリ
カ国連協会の主催する模擬国連の場合にはオンラインで参加することも可能の模様です。
尚これとの関連で、私の関係している日本国連協会でも毎年日中韓の学生会議等を主催
しています。


グローバル人材・リーダー育成のための組織と新たな動き

 グローバル人材・リーダーの育成に関しては、「模擬国連」等のようなイベントの開
催だけでなく、これに組織的に取組もうという動きが最近目につくようになりました。
例えば、秋田に国際教養大学というのがありますが、ここでは中嶋嶺雄学長の下、非常
に国際的でユニークな教育をしている模様で、因みに就職率も高いとのことです(ご参
考までですが、中嶋学長は「なぜ国際教養大学で人材が育つか」という本を出していま
す)。また青山学院大学とか、日本ユニセフ協会、それに私も関係しているFASID
(国際開発高等教育機構)でも、国際機関等で活躍可能な人材育成プログラムを実施し
ています。そのほか例えば社会起業家の育成を目的としたファンド・組織(東京財団が
その例)等もあります。尚、これは偶々イベントに招待された結果ほんの2、3日前に得
た情報ですが、五井平和財団という組織も国連のユネスコとの協力の下に、若者の国際
的意識の高揚を目的とした「国際ユース作文コンテスト」というものを実施しています。
その関係で今日皆さんに是非披露したいことがあります。それは今年の作文コンテスト
には世界から140の国、7000点の応募があった由ですが、その中で450人を超える生徒が
応募した宮城県の迫桜高校が文部大臣から「学校特別賞」というものを授与されたとい
うニュースです。

 最後に世界規模での新しい動きとして「One Young World」という組織の活動に少し触
れたいと思います。これは偶然私も人に頼まれ関係するようになった若い組織ですが、
その目的は「より良い世界の構築のために、現世代のリーダーたちとの連携のもとに、
次世代の世界に通じるリーダー達の育成」にあり、国際的分野で多大な貢献のあった国
連前事務総長のコフィー・アナン氏、バングラデシュのユヌス氏、南アフリカのデズモ
ンド・ツツ氏(何れもノーベル平和賞受章者)等の強力な支持をも得て、スイスの所謂
「ダボス会議」で2009年に生まれたものです。活動の具体的内容は年次大会(第1回はロ
ンドンで。今年9月に開催された第2回のチューリッヒ大会には171の国から1300人が参加
した由)に加え、そこでの議論を参加者が夫々の国に持ち帰り、それを基礎に、世界に
通ずる潜在的リーダーの裾野を各国レベルで広げていくこと等です。因みに2014年の年
次大会は東京で開催する可能性もありますので、それが実現の暁に、その頃大学生であ
る筈の皆さん方も是非参加して欲しいと思います。


次世代への期待

 色々お話しているうちに既に与えられた時間を超過していますので、締めに入りたい
と思います。今朝皆さんと一緒に見てきた通り、今や日本だけでなく世界中が未曾有と
言って良いほど種々困難な問題に直面していますが、皆さんの多くにとっては、同時に
自分自身の進路、これからの人生行路を考えるべき重要な時期とも重なっています。
 しかしここで与えられた環境が如何に厳しいものであれ、自分の将来について「考え
てもしょうがない、なるようにしかならない」といった、いわばネガティブ思考に陥る
のではなく、諸々の困難を伴った厳しい環境は、自分自身の将来設計に真剣に向き合う
ための寧ろチャンスとして捉えるといったポジティブ思考で是非臨んで欲しいと思いま
す。しかも、そういったポジティブ思考の過程において、単に自分個人のことだけでな
く、日本人として、厳しい環境下にある日本の真の再生のために、またより良い世界の
構築のために、自分の仕事を通して直接的に、或いは間接的にでもどのような貢献が出
来るか、更に言えば、明日の日本と世界の構築のために今何をなすべきか、そういった
ことについても将来を担う皆さん方に真剣に考えて欲しいと思うのです。そのためのヒ
ントになるかも知れないことを一つだけご紹介しますと、皆さんは多かれ少なかれ自分
自身強く関心を懐いていること、情熱をもっていることがあるかと思います。その自分
の持っている情熱と、世の中が今求めていること、出来ればその両者の間に接点を見出
し、その接点をベースに考えを進めるというのも有意義かと思われます。

 何れにせよ、いわば大風呂敷を広げてしゃべり始めた私の今日の話が、これからの日
本の進むべき道・世界のあり方等について、皆さん方が思いを巡らすに当って何らかの
お役に立つものであったとすれば幸いです。ご静聴ありがとうございました。

   
 

       国連総会で議長を務めた当時(1983年)   筆者(中央),  右隣デクエヤル国連事務総長 

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