ウクライナについて

外交評論家・岡本行夫 歴史は「現在進行形」

 今月初め、私はある中学校を訪問し、2年生のクラスで質問した。「君たち、松尾芭蕉のことを知ってますか?」。
生徒たちが、当たり前だという顔で答えた。「小学校で習ったからみんな知ってます」。クラス全員の手があがった。
 驚いた。これはウクライナの首都キエフの中学校でのことだ。ウクライナの学習指導要領には「自然を描写して
気持ちを表す日本人の国民性を学ぶことにより、ウクライナとは違った文化をもつ日本と日本人に対する尊敬の
念を養う」とあると、前駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏から聞いた。

馬渕氏は、「ウクライナは自らの文化を大切にし、誇りを持っているからこそ、他国の文化に対して関心を持ち、
そして尊敬の念を持つことができるのである、日本人が伝統文化を否定する教育を受ければ、世界の国々を尊敬
できない人間になってしまうと憂慮する。」まことに同感である。「魔法の森」の時代への評価が定まらないので、
多くの学校では日本の近現代史について教育がなされない。従って子供たちにとって「歴史」とは明治までの
「過去の事象」であって、現在進行形の日本の背骨とは受け止められていない。
 日本が胸を張って世界に輸出できるのは、「日本人」である。これほど善意でまじめで勤勉な国民はいない。
例えば途上国での援助活動にあって日本の専門家ほど愛情をもち、かつ大きな成果を挙げている人々はいない。
ひとたび使命が与えられたときの日本人の働きぶりは抜群である。歴史と伝統への自覚がなければ、われわれは
ただのお人よしの根無し草である。(岡本行夫,産経【人界観望楼】,2008.12.30)

馬渕氏論文 於:平成16年2月9日 港区商工会館


―日本外交の現場から見た人材養成の課題―(骨子)

                 FASID専務理事     馬渕睦夫
             
1. 日本外交の現場での経験
・インド
「貧者の一灯」論
 日本の経済援助の原点=被援助国でありながら援助をした(途上国として援助した)。
1958年、戦後賠償色を持たない最初の円借款5000万ドルを供与

・イスラエル
 ノールウェーの中東和平仲介
 「能」公演の練習風景

 タイ
 金融・経済危機(1997年7月)→IMF等のコンディショナリティー、貧しい農民と金持
 ちとの貧富の差、仏教経済学、足るを知る生き方

・キューバ
 ビジョンと情熱(カストロ国家評議会議長)
 キューバは援助国(対アフリカ25カ国、2162人の専門家。医者等の医療保険分野で1
 764人。中南米等)

 ラテンアメリカ医学校(世界27カ国から6540人の学生受け入れ。53人の米国人も)

 日本とキューバとの援助協調→ホンジュラス(病院への医療機材、医薬品供与)、ハイチ
(ワクチン供与)

 有機農法への転換
「物資不足は不便だが不幸ではない」

2. 新しい援助理念と日本の役割
 「国民参加型ODA」と新興援助国の登場
・援助主体の多様化(国内、国外とも)
 国内→中央政府に加え、地方自治体、民間企業、NGO、大学等
 国外→先進国、国際援助機関に加え、新興援助国(途上国)、途上国のNGO等
 が新しいドナーとして参入。

・なぜ国民参加型ODAなのか、また途上国の援助国なのか→他国を助けるという崇高な
仕事は先進国が(政府が)独占してはいけない。→他国(人)の役に立つ機会を多く
の国(人)に与えることが重要

・これらの新しい援助主体との援助協調を進めることが重要→草の根無償援助、途上国
との援助協調(三角協力)

・南・南(北南・南)協力の意義→ TICADV等

3 開発援助人材の育成
・援助国(日本)の顔が見える援助から(または同時に)被援助国の顔の見える援助へ

・欠点を論うのではなく、途上国の良い部分(強い部分)に焦点を当て、良い部分(伝統や文
化の裏づけがある。援助対象国ごとに部分の内容が異なる。違ったアプローチが必要。)の
パイを拡大するよう努める。→良い部分のパイが大きくなることによって、他の劣った部分
の改善につながる。

・援助は「分かち合い」であるとの精神(姿勢)が必要
 援助国も被援助国も「平等」であるとの意識改革。→それぞれの国家の歴史、文化の価値の
 尊さにおいて各国は平等であるとの認識。→従って、援助は一方的に与えるものではなくて、
「分かち合うもの」。国際貿易と同様、援助も双方が裨益するもの。

・心(マインド、思い)が伴わなければ、援助は決して成功しない。従来、心の部分(文化)
を無視ないし軽視してきた。経済援助は双方の文化を考慮に入れるべし。

・日本の国柄、日本人の生き方が経済援助に投影される。

・オールジャパン(官民連携)による援助の意味。内外の各層と果敢に共同作業を進めていく
必要性。

・グローバリゼーションと援助
「裕福な人や工業国だけでなく、貧しい人や開発途上国にとっても役立つ形でグローバリゼー
 ションを機能させる」(ジョセフ・スティグリッツ)ためにいかなる援助をなすべきか?→被
 援助国(国民)に対する慈愛=思い遣り(compassion)に基づく新しい援助思想を日本こそ
 発信すべし。

・途上国が日本から学びたいこと
「明治維新以降、今日の近代国家・経済大国になるまでに、伝統と現代科学文明をどのように
 結びつけたのか」 
・日本が近代化に成功した秘訣を途上国に教えることは、日本の歴史的使命
     
4.21世紀の国際的人材とは
 ・人材は安全保障である。
  新渡戸稲造の「武士道」とセオドアー・ルーズベルトによる日露戦争和平交渉の仲介。

 ・軍事力の裏付けのない外交→経済力、文化力の活用
 ・言葉の力(メッセージ)を重視する。
 ・グローバリゼーションにどう対応するか。
  グローバルスタンダードの中で、日本の伝統、文化土壌に会わないものを修正してゆくこ
  と。
・21世紀は世界の世紀(マハティール首相)
  対立の世紀(20世紀)から調和と助け合いの世紀(21世紀)へ
  権利の主張から義務の実践へ
  真の平等観の確立
  オールワールドの援助思想

・ 与える側に立つ人生を

5.おわりに
・少数派が世界(社会)を動かす。→微生物世界の善玉菌と悪玉菌は一握りの存在。
 大部分は「日和見菌」で強いほうにつく。
                                   (了)