2009/11/28第14回地球市民フォーラム「地球環境問題と“地球市民”の役割」
第1分科会 平和・人権 報告レジュメ
「さらに深まる危機─アフガン・中東」
人権と環境の最大の敵=戦争
龍谷大学名誉教授 坂井定雄
1.「ブッシュの戦争」の8年間は何をもたらしたか
ブッシュ政権は8年間の「対テロ戦争」で,アフガン人10万人前後,イラク人20万人以上、
米兵7千人程度の生命を犠牲にし、その10倍もの人々を傷つけた。イラク攻撃では大量の
劣化ウラン爆弾・砲弾を使用し、ウランでイラクの国土を汚染した。多くの医師たちが子供
たちが放射能被曝の犠牲になり、白血病が多発していると告発している。
ブッシュ政権は「対テロ戦争」に便乗して、イスラエル軍はパレスチナ人への、ロシア政府は
チェチェン独立派への、中国政府はウイグル人への、ウズベキスタン政府は民主化運動への
暴虐な弾圧を強化し、多数の住民を殺傷し、投獄した。どの地域でも、人々の生活、人権、
環境が大きな損害を受けている。
8年間のアフガニスタン、イラク戦争経費は、米シンクタンク「戦略予算評価センター」の
評価では、08年6月までに約9040億ドル。うちイラク戦争だけでも、6870億ドル。
ベトナム戦争(08年の通貨価値換算で5180億ドル)を上回り、第2次大戦(同3兆
452億ドル)以後最大の戦費となった。
アフガニスタンでの戦費は、年平均360億ドル。3万人の米兵と兵器による人命と国土の
破壊のためにつかわれてきた。それによって巨大な利益を得たのが、米国の軍事産業(兵器、
建設、軍事サービスなど)とコンサルタント企業である。
この戦争経費はアフガニスタンの年間GDPの約3.5倍。2,700万国民一人当たり
1330ドル(1日当たり3.6ドル)、国民の6割以上が1日1ドル以下で生活している
国での戦争だ。
ブッシュ政権下、国防総省、軍、情報機関、軍事産業が肥大化し、政権の政策への影響力が
一層大きくなった。ゲーツ国防長官、参謀総長、中東軍司令官はじめそれら機関の首脳部は
オバマ政権下に居座り、強い影響力を行使することになった。オバマ政権はアフガン戦争も、
ブッシュ政権の「対テロ戦争」のための「米軍再配置」も引き継ぎ、沖縄・普天間の海兵隊
基地の全面撤退も拒否しつづけた。
2.泥沼化する「オバマの戦争」
オバマ大統領は軍部の要求を結局受け入れ、増派を決定しようとしている。これで米国は、
引き返しがますます困難な、泥沼の戦争にさらに踏み込むことになろう。
その理由は─
1.増派された米軍は、タリバンとその支配地への攻撃を拡大する。米軍はますます、
住民の協力、情報提供なしの爆撃と地上攻撃を拡大。戦闘は激化し、住民の被害が
さらに拡大する。
2.米軍とISAFを外国占領軍と見なす住民の反感、敵視が強まる。80年代に
アフガニスタンに侵攻したソ連軍は、「外国占領軍」として大多数の国民に敵視され、
結局敗退し、ソ連そのものが崩壊してしまった。
3.カルザイ政権下に公務員と警察官の汚職が蔓延し、政府や村役場、警察、裁判所への
国民の不信感は、変えるのが不可能なほど構造的に広がった。二期目のカルザイ政権へ
の国民の信頼は最低。しかしオバマ政権は、ほかに選択肢がない。
4.タリバンは、アフガン領内でも、パキスタン領内でも政府の警官(平均月額110ドル)
よりも高い(月額150ドル程度)で必要な兵力を集めている。タリバンの資金源は
麻薬輸出、道路通行税さらにイスラム諸国からの支援金など。一方、かってはタリバン
に資金援助していた「アルカイダ」は弱体化し、資金が枯渇している。
5.タリバンは、07年からの反攻で、事実上の支配地域、影響力の強い地域を広げて
いるが、その村や町では、汚職を追放、争いごとを短時間で処理し、治安を維持する
ことで、住民の支持を得ている。
6.米軍は士気が低い。米国国民の6割がアフガンで戦争する価値を認めていない。
増派にも反対している。米軍は志願兵だが、大部分が職のない青年の就職兵。兵士の
大部分は8年間の戦争で、アフガンとイラクのどちらかに派遣されている。どちらでも、
待ち伏せ爆弾や狙撃で死ぬかもわからない緊張が続き、精神障害を受けて帰国する兵士
も多く、再派遣の恐怖がさらに神経を痛めつけている。11月5日、テキサス州の米軍
基地で発生した、銃乱射事件(13人死亡、43人負傷)。ベトナム戦争の後半にも、
この ような事件が続発した。
7.戦争経費
米議会調査局によると、アフガニスタンでの兵士一人当たり戦争経費は、1年間100万ドル超。
4万人増派すると年間400-540億ドルとなる。オバマ政権はイラクからの米軍撤退で
2010年度国防予算では260億ドル節約できるとしたが、アフガン増派をすればブッシュ
政権時代最大の6、670億ドルより10%増の7、340億ドルになると予測されている。
アフガンからの撤退論が高まっている国民世論、経済政策、国民健保問題を抱えるオバマ
政権にとって、戦争経費の増大は大きな重荷だ。
3.平和と再建への諸条件
アフガニスタンの2,700万国民は、1979年以降、ソ連軍侵攻―10年間のソ連軍との
抵抗戦争―12年間の内戦―01年の米軍の戦争とタリバン政権の消滅―それ以後の8年間の
国家再建の停滞と混乱、腐敗の蔓延―タリバンの反攻と戦争状態への逆戻り・・・の30年間、
苦しみ続けてきた。なんとしても、平和を回復し、国家を再建して人々の安心できる生活を取り
戻さねばならない。どうすればそれができるのか。
1.オバマの戦略
オバマ大統領は3月末、包括的アフガニスタン・パキスタン(Af・Pak)戦略を発表。
その主な内容は(1)パキスタン領内に逃れ、本拠地を築いた「アルカイダ」とタリバンを
パキスタン軍に潰滅させる(2)アフガニスタン国軍、警察を大規模に育成する(3)治安を
改善し、アフガン政権の統治体制を強化、民生支援を拡大するーなどを柱とする、いわば、
オバマ政権の「出口戦略」だ。しかし、平和へのカギとなる条件が含まれていない。しかも、
軍部はじめ前政権の“残党”は、米軍を増強し、タリバンを軍事的に壊滅する戦略に固執して
いた。平和と再建への道程にいま必要なのは、次のようなことなのだ─
a.期限を切って「米軍は撤退する」約束を明示する。イラクでは2010年末までに
米軍戦闘部隊の完全撤退を約束、実行に移したことが、国民の大きな支持を得た。
b.軍をこれ以上増派せず、戦闘を拡大しない。とくに住民の犠牲が必ず出る爆撃を止める。
c.米軍、ISAFに代わる国軍と警察、教員、技術者などの人材育成努力を一層強化する
d.カルザイ政権も表明している「タリバンとの交渉」を本格的に実現し、統一政権樹立
を目指すことを表明する。米軍撤退の約束を表明したうえ、「オマル師ら強硬派の除外」
「武装解除の約束」などを交渉条件にしない。
e.汚職・腐敗との戦いの強化。腐敗を助長するさまざまな援助、地方の軍閥や市長、
族長らへの買収など、CIAや米軍、援助機関の行為を禁止する。
f.米軍はブッシュ政権の「対テロ戦争」の作戦部隊ではなく、ISAFの指揮下に入り、
首都をはじめ主要都市の防衛に集中する
g.水路建設をはじめ農業復興事業、電力、上水道、学校や道路の建設など国際援助に
よる復興・再建活動を最大限に進める。現地住民の支持を得て、住民自身によって
進める。住民の要請、同意をえたうえで、ISAFが治安維持に当たる。
h.以上のような国家再建・復興のためのパキスタン、インド、イラン、ロシア、
中国の周辺諸国を含めた国際的支援態勢を構築する。
4.日本の支援と日米同盟
自民党小泉政権下の日本政府はブッシュの「対テロ戦争」にさまざまな支援を行ってきた。
沖縄はじめ在日米軍基地が果たした重要な役割は、およその全容さえ分からない。
▽軍事的支援
2001年12月から「不朽の自由作戦」の海上阻止行動に従事する米軍などの
艦船に対してインド洋上で無償海上給油を行ってきた。09年5月までに899回。
金額で総額600億円程度。海上給油は米軍事作戦の後方支援行動であった。
▽政治的支援
米軍の対イラク戦争開始に対して、小泉首相がブッシュ大統領に直接、世界に先駆け支持
を表明した。国連事務総長も英国以外の主要国は、米国の開戦を非難した。
▽復興支援
アフガニスタンに対して、02年1月から現在までに計15億ドル余の支援をした。
米国に次ぐ世界第2位の援助供与国である。内訳は:
復興支援(学校建設、インフラ整備、農業インフラ整備など) 9億1900万ドル
統治支援(行政経費支援、選挙支援) 2億4700万ドル
治安改善 3億6000万ドル(元兵士の武装解除など1億4900万ドル、警察支援
1億3900万ドル、地雷対策4300万ドル)
日本政府のアフガン支援を監視しよう!
09年8月の総選挙で大勝し、長年にわたる自民党政権に代わった鳩山首相は、海上給油を
中止する意思を貫いた。憲法に違反する海外での軍事行動だからだとは言わなかったが。
米国側の反発、国内の外務省、防衛省、自民党、改憲・軍拡派の「専門家」らからの継続
要求にも鳩山首相は屈せず、給油中止を貫いたことは当然とはいえ、評価したい。
11月のオバマ日本訪問に際して、鳩山は「対等で緊密な日米関係」を主張、オバマに
対して「日米同盟はすべての基礎」と強調した。そして、向こう5年間に最大で、対
アフガニスタン50億ドル、対パキスタンに20億ドルの援助を行うと表明した。
国民の血税から支出する総額70億ドルは米国以外では抜群に巨額だ。戦争の永続が
正当かどうか、これだけの巨額を支出することが適切かどうか、評価、検討が必要だ。
「緊密な日米同盟の維持」を絶対的な基準にして、評価、検討をタブーにした自民党政権
からの「変化」を国民は求めている。
そして、必要で効果があり、実行可能な援助計画がどう作れるか、腐敗がひどく効率が
極めて悪い首都と地方の行政や警察、民間との協力事業で、援助資金が横流れ、消え
うせる事例は多々ある。厳格で現実的なチェックシステムが必要だ。(了)
龍谷大学 名誉教授 1936生まれ。東京都立大学理学部物理学科卒。1960~93年共同通信社記者(ジュネーブ,ベイルート,カイロ,外信部)。1993~2005年年龍谷大学法学部政治学科教授。2005~2008年日本学術振興会カイロセンター長。専門分野;中東・ 中央アジア現代政治,戦争,地域紛争,テロリズム。 近著に『「燃えるパレスチナ」『PLOと中東和平』『テロの時代』『核戦争が起こる』 訳書に『アルカイダ』『タリバン』『聖戦』など。 |
『リベラル21』 坂井 定雄 氏の最近の評論
米軍再増派要求と海上給油中止
中東ジャーナリスト 坂井定雄
Af-Pac(アフガニスタン)戦争の現地米軍最高司令官マクリスタル将軍は、オバマ
大統領に「米軍の大規模再増派がなければ米国は敗北するだろう」と極めて厳しい情勢評価
と最大4万5千人の増派要求を突き付けた。5月以来、3万人を増派中の在アフガン米軍は
年末には6万8千人に達するが、米軍の死傷者は増え続け、反政府勢力タリバンの支配地域
は拡大している。
「情勢悪化」―軍の増派―戦闘の拡大―死傷者増加―「情勢悪化」-「さらなる増派」は、
ベトナム戦争の再現である。増派しても、情勢が大きく好転し、反政府武装勢力タリバンに
勝利できる保証は全くない。しかし、増派を拒否すれば戦況悪化、米軍死傷者の増加の責任
を押し付けられる。軍と国防総省の性急な要求にもかかわらず、オバマ大統領は増派要求を
「時間をかけて」検討している。
3月末に発表したオバマ政権の包括的なAf-Pac新戦略では、(1)パキスタン部族
地域のアルカイダ拠点の潰滅(2)米軍増派に歯止めをかけ、アフガン国軍と警察の育成強
化(3)国家建設と経済再建への支援強化―を明確に打ち出した。オバマ政権は軍・国防総
省と折り合いをつけながら、「ブッシュの戦争」からの転換さらには脱出を目指しているの
だ。当面、軍の増派要求に妥協したとしても、その方向は堅持するだろう。
2001年以来の「ブッシュの戦争―不朽の自由作戦」に海上給油でずるずる軍事協力し
てきた自民党政権下の日本。ブッシュ政権も自民党政権も崩壊したいま、憲法に基づきキッ
パリと軍事協力を断り、「アフガンの再建焦るな、得意の民生援助で」(緒方貞子JICA
理事長)アフガンの国家再建に協力すべきだ。「米国の要求」を武器に、軍事的貢献・自衛
隊海外派遣の既成事実=海上給油を死守しようとしてきた、日本のブッシュ・自民党政権派
(親米派とは呼ばない。鳩山さんだって親米派なのだから)のいわゆる外交・防衛専門家(
たとえば森本敏さん、岡本行夫さん)。彼らの期待に反して、22日の岡田外相との初会談
でクリントン国務長官は、アフガン再建への一層の貢献を期待するが、海上給油にはこだわ
らない意向を示した。
「オバマのベトナム」を何としても避けようとしているオバマ政権と米民主党、反戦が過半
数を超えた米国民世論。海上給油の中止は、平和憲法に基づく日本の国際貢献の意思表示と
して、米国からも、アジア・アフリカ諸国からも受け止められよう。
▽マ司令官の絶望的な現状評価
66ページにわたるマクリスタル司令官の極秘の情勢評価は、8月30日、ゲーツ国防長
官に提出され、オバマ大統領と国家安全保障スタッフが、総合的な検討を慎重に行っている
。軍側は早急な増派決定を求めているが、大統領は「時間をかけて」検討を続け、なかなか
情勢評価の内容も結論も発表しない。業を煮やした軍側は、機密部分を外した5ページの要
約をワシントン・ポスト紙にリーク。同紙電子版が20日夜、報道した。この要約の中で、
マ司令官は、よくいえば率直、悪く言えば荒々しく、衝撃的な現実を次のように書いている
ー
1、 近い将来(今後12カ月以内)に、われわれが反乱勢力に対して主導権をとり、彼
らの攻勢を跳ね返さなければ、彼らを打ち負かすことはもはや不可能になる
1. そのためには新たな軍の増派が必要である。それができなければ、戦争が長引き、
死傷者が増大し、総経費がより高額になり、最終的には政治的支持を決定的に失う危険があ
る。その結果、われわれの任務は失敗するだろう
1.アフガニスタン国家組織の弱体さ、権力の黒幕たちの不正な活動、さまざまなレベルの
役人たちに広がる権限の悪用と賄賂、そして国際治安支援部隊(ISAF)の失敗によって
、国民は政府に対する信頼を失った。
1.ISAF(マ将軍が司令官を兼任)の最大に弱点は、アフガニスタン国民の保護に積極
的でないことだ。ISAFは自分たちの将兵を守ることにまず専念し、われわれが守るべき
人々から、物理的にも心理的にも距離を置くやり方をとっている。
1.アフガニスタンの社会的、政治的、経済的な出来事は複雑で、理解しにくい。ISAF
は、地域社会を動かしているものを理解できず、反乱勢力、役人の腐敗、無能力、黒幕たち
、犯罪者などそれらすべてが、どれほどアフガニスタン国民に害をあたえているのかが、わ
かっていない。ISAFの情報活動は、いかに反乱勢力を攻撃するかに集中し、アフガン社
会の中の犯罪者狩りを弱体化させている。
1.アフガニスタンの監獄は反乱勢力の聖域になっており、政府軍やISAF,米軍に対す
る重大攻撃の計画基地になっている。アルカイダとタリバンの指導者たちは、軍や囚人たち
に妨げられることなく、監獄内で一部の攻撃を計画・調整している。国内の監獄、収容所に
収容されている囚人1万4千500人のうち2千5百人以上が、アルカイダかタリバンの一
味である。
▽ブレジンスキーの警告
最後に、カーター政権の国家安全保障担当補佐官だったブレジンスキーの警告を紹介してお
こう。ブレジンスキーは軍事・安全保障問題の専門家として、民主党政権への助言役を務め
、多数の著書、発言を続けている。英国際戦略問題研究所がジュネーブで先週、開催した「
グローバルな戦略再検討」会議で、彼は次のように警告したー
“10万に達する米軍と同盟軍の存在を、外国の侵略者だと見なすアフガン国民の受け止め
方が根強くなっている。そのような国民の見方の広がりと反乱勢力の勢力拡大を阻止できな
ければ、西側はソ連と同じ運命をたどる危険がある”
[注]アフガニスタンに駐留する外国軍は、2001年以来の「不朽の自由」作戦を継続中
の米軍(増強中で12月までに約4万人)と治安維持を主に目的とするISAF(42カ国
6万4千5百人うち米軍約3万人)の計10万人強。 (9月23日記)
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イスラエル人入植者約47万人
―BBCが伝える占領下パレスチナの現状
中東ジャーナリスト 坂井定雄
外交政策で目覚ましい「チェンジ」を実行し始めたオバマ米新政権。なかでも対イスラエル
政策の変化は画期的だ。それは、オバマ大統領、クリントン国務長官が、訪米したネタニヤ
フ・イスラエル首相との会談はじめ、さまざまな機会に繰り返し明確に発言した「入植地拡
大の停止」要求である。「パレスチナ国家樹立・2国方式による解決」の虚言を繰り返しな
がら、入植地拡大、ガザへの残酷な攻撃、レバノン侵攻などイスラエルにやりたい放題をや
らせ、非人道的な兵器の供給を続けたブッシュ政権との違いは明白だ。
「ワシントンで何かが変わった。オバマ新大統領は、イスラエルの指導者がこれまでに会っ
た誰とも違っている」と英国営BBC放送は伝えた。
この変化の重要な点は、従来、イスラエル・ロビーの強い影響下にあった、さらには有力な
イスラエル・ロビーそのものでもあるエマニュエル首席補佐官はじめ政権中枢、下院の民主
党議員たちの支持を得ていることだ。入植地拡大、ガザ攻撃はじめイスラエル政府の政策と
行動にたいして、議会の多数を占めてきた親イスラエル勢力、さらにはイスラエル・ロビー
の有力者たちの間でさえ批判が強まっていることをしっかり踏まえて、オバマ政権のイスラ
エル政策が表明されてている。
一方で、67年戦争で占領したヨルダン川西岸(東エルサレムも含まれる)でのイスラエ
ルによる入植地拡大(土地の強制収用と入植者住宅の建設)は現在でも進行中。入植地の拡
大は、国際法と国連安保理決議に100%違反し、事実上の占領地の領土化であり、入植者
たちが宣言するように「パレスチナ国家の樹立を阻止するため」の既成事実作り。パレスチ
ナのアッバス議長が明言したように、一方でイスラエルが入植地拡大を続けているのに、い
わゆる「中東和平交渉」など無意味なのだ。ブッシュ政権の8年間がそれを実証している。
では、その入植地の現状はどうなのか。パレスチナ問題に積極的な英国営BBC放送の電
子版が、入植地にかかわる報道に必ず、小欄を付けているデータを紹介しよう。残念ながら
、日本のメディアの報道は部分的にしか伝えないし、通信社・新聞社の年鑑類でさえ正確で
もないからだ。
ヨルダン川西岸の入植地 (BBC電子版)
入植地の建設は、1967年、67年戦争直後から始まった。
イスラエル政府が公式に承認した121の入植地に約28万人のイスラエル人が居住。
それに加え、パレスチナの東エルサレムに19万人のイスラエル人が住んでいる。
西岸の最大の入植地はマーレ・アドニムで、2005年現在で3万人以上が住んでいた。
このほか、イスラエル政府の公式承認は得ていないが、禁止されてはいない違法入植拠点が
102ケ所ある。
2006-9年の入植地拡大(同)
東エルサレム以外の西岸で4,560戸の集合住宅が新築された。1,523戸の集合住宅
建設契約が行われた。
東エルサレムでは2,437戸の建設契約が行われた。
これらすべての入植者住宅建設の40%は西岸を囲む分離壁の東側(パレスチナ側)。
560戸の建設が違法入植拠点で行われた。 (了)
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前途多難なアフガン情勢―オバマの新戦略
龍谷大学名誉教授 坂井定雄
オバマ米大統領が3月27日に発表した包括的「アグガニスタン・パキスタン新戦略」は
、「軍事力だけでは勝利できない」現実的な情勢認識に基づく、出口が見えない“出口戦略
”である。米国内でも、国際的にも好意的に受け止められた。4月17日に東京で開かれた
支援国会合では総額50億ドルの援助約束が各国、国際機関から表明されたのも、その表れ
といえよう。(うち日本、米国が各10億ドルを約束したが、米国の10億ドルはすでにオ
バマ大統領が発表した「年間15億ドル5年間」の頭金で、その点日本のメディアは触れて
いない)
オバマ新戦略の要点は(1)01年の戦争でアフガン国境からパキスタン北西部の部族地域
に逃れ、拠点を再建した国際テロ組織アルカイダとイスラム過激派タリバンをパキスタン軍
に掃討してもらう(2)アフガンでは米軍の増強に歯止めをかける一方で、国軍、警察を増
強・訓練してタリバンの反攻・浸透を制止する(3)治安を安定化しつつ、同時並行的に国
家再建と経済建設を進めるーが新戦略の要点といえよう。しかし大統領も、ゲーツ国防長官
も、ペトレアス中央軍司令官も、その道程が複雑で困難、長期間になるとの予測で一致して
いる。しかし失敗すれば、昨年来、米国内で論議されてきたように、米国にとっては「オバ
マのベトナム」「帝国の墓場」になる。これから、オバマ新戦略が避けることができない困
難な現実を、何回かに分けて考えてみようー
1. パキスタン部族地域での戦い
オバマ政権にとっても、国際テロ組織「アルカイダ」壊滅は、アフガニスタン・パキスタン
戦争の“錦の御旗”。全力を尽くさねばならい。01年、米軍に追い詰められたビンラディ
ン、ザワヒリ以下のアルカイダ幹部と戦闘員は、CIAが買収・育成したアフガン南東部の
軍閥をより高額で買収して、パキスタンに逃亡、部族地域のイスラム過激派の支援で潜伏し
、活動を再開した。戦闘員はアラブ人、パキスタン人のほかウズベク人、チェチェン人など
がいる。一方 タリバンも国境を越えて逃走、おなじパシュトゥン人が住む部族地域と広大
なバルチスタン州の州都クエッタで拠点と組織を再建。07年からアフガニスタンへの反攻
、地方の町や村落への影響力を拡大している。
ブッシュ政権時代には、アフガン駐留米軍が秘密作戦でしばしばアルカイダとタリバンを越
境地上攻撃したが、成果が低く、パキスタン国民と政府が「主権侵害」として強く非難した
ため、オバマ政権下では中止している。一方、CIAの秘密作戦―無人機「プレデター」「
リーパー」による拠点や会合を狙ったピンポイント・ミサイル攻撃は継続しているが、現地
諜報には誤りが多く、現地住民が犠牲になる誤爆が続出、国民の反米感情を一層高めるばか
り。しかしCIAも国防総省も攻撃継続を強く主張しており、オバマ大統領も継続せざるを
得ない。
パキスタンは人口一億七千万人の地域大国。パキスタン政府が「主権侵害」として拒否する
米軍地上軍や空軍によるアルカイダ、タリバンへの越境攻撃はできない。米国はパキスタン
軍による攻撃に依存せざるを得ない。パキスタン政権と軍の内情をここでは詳述しないが、
州都は別として大半をイスラム過激派の部族勢力が実質的に支配している部族地域を軍事的
に制圧するのは、政府と軍にとって極めて困難なことだ。
首都イスラマバードからアフガニスタンと国境の間に広がる幅6,70キロ、長さ200キ
ロ余りの部族地域は、半自治が認められているNWFP(北西辺境州)とFATA(政府直
轄部族地域)からなり、大半が険岨な山岳地形。同国でもっとも貧困な地域で、反政府感情
が強い。最近では、NWFPの要衝であるスワート渓谷地方(人口150万人)で、政府軍
は1年半にわたるイスラム過激派部族勢力との戦闘を停戦して撤退、現地にイスラム法廷の
設置を受け入れてしまった、という状況。
オバマ政権は部族地域へのパキスタン軍の作戦強化と経済・民生支援の実行を柱とする厳
しい条件を付けて、向こう5年間・年額15億ドルのパキスタンへの軍事・経済援助を表明
。それに加え東京で開催された支援国会合でも、総額数10億ドルの援助が約束された。パ
キスタン政府と軍の約束実行にアフガニスタン・パキスタン戦争の行方が懸かっているが、
それは不確かである。
2.国軍と警察の増強し肩代わり目指す
オバマ大統領は就任早々、米戦闘部隊1万7千人と訓練部隊4千人の増派を命令した。これ
までアフガン駐留外国軍は、米軍独自の指揮下に1万9千人、他にNATO指揮下の国際治
安支援軍(ISAF)約5万3千人うちの米軍1万4千人だった。新たに増派中の米戦闘部
隊は、おもに南部での米軍独自指揮下に加わり、タリバンとの戦闘、治安維持に当たる。現
地駐留軍は、3万人の増派を要求したが、オバマ大統領が公約通り1万7千人にとどめたこ
とは、際限ない増派でベトナム戦争の二の舞にはしない決意を示したと見ることができる。
米軍をアフガンにいくら増派しても、タリバン側はアフガン戦争中に参加し、帰国したパキ
スタン人青年や不況で失職した湾岸の出稼ぎ帰り者などで、兵力を増やして対抗することは
容易だ。その結果、地上戦闘が拡大し、タリバン側も、米軍も死傷者が増大し、現地住民の
被害もますます拡大して反米感情が高まるばかりだろう。
このため、新たな軍事戦略の再重点は、2011年までにアフガニスタン国軍を13万4千
人、国家警察を8万2千人に増強、次第に米軍の肩代わりする方向だ。NATOにも、訓練
部隊の派遣を強く要請している。国軍も国家警察軍の訓練をより強化して最前線の主力とし
て配備、各部隊単位まで米軍の支援グループを貼り付ける計画。
タリバンは07年から反攻、アフガン領内の村落や町にまで武装部隊の再浸透を広げてきた
。パシュトゥン人住民が多数の南部、東部や首都にでは、すでに大半がタリバンの影響下に
ある実態が、BBCはじめ現地取材で報道されている。とくに南部では、米軍や英、豪、カ
ナダ軍部隊と激しい戦闘が繰り返され、自爆攻撃や仕掛け爆弾の被害も増えている。米軍が
苦戦し、タリバンの浸透が増えている理由には、米軍の軍事行動で現地アフガン人の死傷者
が増え、激しい反米感情を植え付けることもある。米軍に入る現地情報は少なく、誤りが多
いため、誤爆が多発し、カルザイ大統領からも強い抗議が繰り返されている。そのためにも
アフガン国軍と国家警察の大規模な増強と前線配備が必要なのだ。
3. 軍閥とアヘン
2001年12月にタリバン政権が崩壊し、カルザイ政権が樹立してから7年以上も経過し
たのに、政権が弱体で、国家再建が遅遅として進まず、タリバンが再浸透してきた原因は、
もちろんブッシュ政権が国家再建計画持たず、イラク戦争に全力を振り向け、アフガニスタ
ンの再建を手抜きしてしまったことにある。カルザイ政権が軍閥(地方に割拠・支配する武
装集団)の寄り合い所帯だったことも、国家再建を進める上での大きな障害だった。現在、
政府がISAFに助けられて、ほぼ完全に支配しているのは首都カブールだけ。地方ではI
SAFが州都や主要都市に配置されているが、行政と治安を事実上支配しているのが、軍閥だ
。軍閥は地方のボスで、大きいのは千人を超える武装民兵を抱える。80年代の10年間続
いた対ソ連ジハード(聖戦)の中で、米国、パキスタン、サウジアラビアの援助をえて成長
した各地の軍閥は、90年代の内戦で最終的に勝利したタリバン政権下にも生き残った。お
もな軍閥は抵抗をつづけたタジク人の軍閥(北部同盟を結成、)のほか、タリバン政権と折
り合ったウズベク人のドスタム将軍、西部ヘラートを支配するハザラ人のイスマイル・ハー
ン、東部パシュトゥン人のアブドル・カディルの軍閥などで、タリバン崩壊後のカルザイ政
権は、当初からタジク人軍閥を再実力者ファヒムがナンバー2の副議長兼国防相に就任した
のをはじめ、実質的に軍閥の寄り合い所帯だった。
ブッシュ政権は01年の戦争で、米地上軍の損害を減らすため、CIAが北部同盟はじめ主
要軍閥を買収、武器を供給して、タリバンと地上戦闘させた。CIAの買収資金は総額10
億ドルといわれている。米軍はおもに空軍による爆撃と偵察だった。米軍と北部同盟が勝利
した直後の01年12月に成立したカルザイ政権には、主要軍閥から閣僚が送り込まれ、現
在に至るまで政権の支えになっている。その一方で、軍閥は州知事から村長に至るまで、地
方行政と治安権限を握り、CIAからの資金を受け取り続ける一方で、国境貿易の通関料を
横領し、米軍やISAの支援、国際援助による道路建設から学校建設に至る援助プロジェク
トで肥え太った。さらに巨額なのが、支配下の農民によるケシ栽培と、アヘンの密貿易の収
入。国連の調査によると、世界に供給されるアヘンの90%がアフガニスタン産。ケシ栽培
はタリバンの影響力が強まっている南部で全体の3分の2弱を占め、残りは全国の軍閥支配
地域にわたっている。国外へのアヘン密貿易はウズベキスタンはじめ中央アジア経由が大半
を占め、軍閥の大きな収入源になっている。タリバンの密貿易ルートはパキスタン経由で、
年間収入は5億ドルに達すると米当局は推定する。
このような軍閥支配とタリバンの影響力拡大が、アフガン政府の法的・行政的支配、経済復
興を妨げていることは明らかで、アフガン政府にとっても、米国にとっても、最大の障害と
いえよう。 (終わり)(ポリシーフォーラム21-No.46)
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米国は「オバマのベトナム」を避けられるか
Af・Pac戦争の現実(1)
坂井定雄 (中東ジャーナリスト)
オバマ米大統領が3月27日に発表した包括的「アグガニスタン・パキスタン新戦略」は、
「軍事力だけでは勝利できない」現実的な情勢認識に基づく、出口が見えない“出口戦略”
だ。米国内でも、国際的にも好意的に受け止められた。4月17日に東京で開かれた支援国
会合で総額50億ドルの援助約束が各国、国際機関から表明されたのも、その表れといえよ
う。(うち日本、米国が各10億ドルを約束したが、米国の10億ドルはすでにオバマ大統
領が発表した「年間15億ドル5年間」の頭金で、日本のメディアは触れていない)
オバマ新戦略の要点は(1)01年の「ブッシュの戦争」でアフガン国境からパキスタン北
西部の部族地域に逃れ、拠点を再建した国際テロ組織アルカイダとイスラム過激派タリバン
をパキスタン軍に壊滅してもらう(2)アフガンでは米軍の増強に歯止めをかける一方で、
国軍、警察を増強・訓練してタリバンの反攻・浸透を阻止する(3)アフガンの治安を安定
化しつつ、同時並行的に国家再建と経済建設を進めるーが新戦略の要点といえよう。しかし
大統領も、ゲーツ国防長官も、ペトレアス中央軍司令官も、その道程が複雑で困難、長期間
になるとの予測で一致している。この戦争に失敗すれば、昨年来、米国内で論議されてきた
ように、米国にとっては「オバマのベトナム」「帝国の墓場」になる。
これから、オバマ新戦略が避けることができない困難な現実を、何回かに分けて考えてみよ
うー
(注)Af・Pacという用語は、軍事的にはパキスタン北西部部族地域を示す用語として
定着しつつあるが、すでに両国に広がる戦争状態全体を指して使うことも多くなっている。
1. パキスタン部族地域での戦い
オバマ政権にとっても、国際テロ組織「アルカイダ」壊滅は、アフガニスタン・パキスタン
戦争の“錦の御旗”。全力を尽くさねばならない。01年、米軍と追い詰められたビンラデ
ィン、ザワヒリ以下のアルカイダ幹部と戦闘員は、CIAが買収・育成したアフガン南東部
の軍閥をより高額で買収して、パキスタンに逃亡、部族地域のイスラム過激派の支援で潜伏
し、活動を再開した。戦闘員はアラブ人、パキスタン人のほかウズベク人、チェチェン人な
どがいる。一方 タリバンも国境を越えて逃走、おなじパシュトゥン人が住む部族地域と広
大なバルチスタン州の州都クエッタで拠点と組織を再建。07年からアフガニスタンへの反
攻、地方の町や村落への影響力を拡大している。バルチスタン州はパキスタン西部に広がる
広大な、最も貧しい州で反政府独立運動が根強い。
ブッシュ政権時代には、アフガン駐留米軍が秘密作戦でしばしば、アルカイダとタリバンを
越境地上攻撃したが、成果が低く、パキスタン国民と政府が「主権侵害」として強く非難し
たため、オバマ政権下では中止している。一方、「CIAの秘密戦争」―無人機「プレデタ
ー」「リーパー」による拠点や会合を狙ったピンポイント・ミサイル攻撃は継続しているが
、現地諜報には誤りが多く、現地住民が犠牲になる誤爆が続出、国民の反米感情を一層高め
るばかり。しかしCIAも国防総省も攻撃継続を強く主張しており、オバマ大統領も継続せ
ざるを得ない。(米無人機からのミサイル攻撃で住民多数が死傷し、米国旗を燃やして抗議
する部族地域の住民)
パキスタンは人口一億七千万人の核保有・地域大国。パキスタン政府が「主権侵害」として
拒否する米軍地上軍や空軍によるアルカイダ、タリバンへの越境攻撃はできない。米国はパ
キスタン軍による攻撃に依存せざるを得ない。パキスタン政権と軍の内情をここでは詳述し
ないが、州都ペシャワル(人口200万)は別としても、大半をイスラム過激派の部族勢力
が実質的に支配している部族地域を軍事的に制圧するのは、政府と軍にとって極めて困難な
ことだ。
首都イスラマバードからアフガニスタンと国境の間に広がる幅6~70キロ、長さ200キ
ロ余りの部族地域は、半自治が認められているNWFP(北西辺境州)とFATA(政府直
轄部族地域)からなり、大半が険岨な山岳地形。政府の支援がきわめて低い貧困な地域で、
反政府感情が強い。NWFPの要衝であるスワート渓谷地方(人口150万人)で、政府軍
は1年半にわたりイスラム過激派勢力「タリバン運動」と戦闘を続け、多数住民の死傷者と
避難・移住者を出したうえ、劣勢のまま、最近、停戦したばかり。過激派の要求を受け入れ
、スワート地区に国家の法制度に反するイスラム法廷の設置まで受け入れてしまった、とい
う実情だ。
オバマ政権は部族地域へのパキスタン軍の作戦強化と経済・民生支援の実行を柱とする厳
しい条件を付けて、向こう5年間・年額15億ドルのパキスタンへの軍事・経済援助を表明
。それに加え東京の支援国会合での援助約束。昨年11月にはIMFが総額76億ドルの融
資を約束している。しかし。これだけ巨額の援助が、パキスタン政府と軍によってどれだけ
効果的に使用されるか、とりわけ、イスラム過激派の支配的影響下にあるAf・Pac部族地
域の情勢改善にいつ、どのような効果を及ぼすことができるか、まったく不確かである。
2009.04.23
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お粗末すぎる朝日の社説「東欧MD中止」
中東ジャーナリスト 坂井定雄
私は毎日、朝日新聞を熟読する読者です。朝日新聞の報道、主張に感心し、尊敬することが
多くあります。核軍拡・各軍縮に関する報道、主張についてもそうです。
40年以上にわたって自民党政府・外務省が隠し続け、否定し続けてきた米国との核兵器持
ち込み密約が、外務省への岡田外相の命令でようやく、国民の前に明らかにされる運びにな
りました。この経過には、朝日新聞の粘り強い調査報道の果たした役割が大きかったと思い
ます。
8月6日の朝日新聞の社説―「非核の傘」の主張に私は同感し、本ブログ「リベラル21」
で「この社説と特集の一読をぜひお勧めします」と書きました。
しかし、9月19日の社説「東欧のMD中止―核交渉の歯車を回そう」はお粗末すぎます。
イランをめぐる問題に限らず、オバマ政権がブッシュ政権から転換する、あるいは転換でき
ない軍事・外交政策について、こんな報道あるいは主張でいいのですか。
この社説では、オバマ大統領が東欧へのミサイル防衛(MD)システム配備を中止する決断
をしたことを、歯切れが悪いながら、どうやら歓迎しているようです。しかし「ロシアは自
国の防空ミサイルをイランにお売却する動きも見せている。米国が配慮の姿勢をみせた以上
、中止するのが当然だろう」と歯切れよく断言しています。
東欧MD配備へのロシアの強い反対にオバマ政権が「配慮」したのは、「第二冷戦」といわ
れるほど米ロ関係を悪化させたブッシュ政権の東欧MD配備を中止することが、オバマ政権
による重要な外交戦略「Change」の課題の一つだからにほかなりません。だいたい、
ブッシュ政権が主張した東欧への「イランの弾道ミサイルの脅威」ほど馬鹿げた、わかりき
ったデマゴギーは、冷戦時代にもあまりなかったのでは。イランは東欧に敵意など持ってい
ないし、攻撃する理由など全くありません。ロシアに対する軍事的威圧、東欧諸国のNAT
Oへの取り込み、軍事産業からの生産拡大の要求がMD配備の理由であることは、明白でし
た。オバマ政権が東欧MD配備を中止したのは当然ですが、そのお返しに、イラン関係への
配慮を「当然だ」と要求する論理は乱暴です
イランがロシアの防空システム導入を強く求めているのは、イスラエルの攻撃の危険が現実
的だからです。イランの現状では、イスラエル空軍の攻撃に対する防衛能力はほとんど無力
です。イスラエルがイランを攻撃すれば、中東で深刻な流血が拡大するでしょう。だから、
オバマ政権は、イスラエルに対し粘り強く、イラン攻撃を行わないよう働き掛けています。
一方、欧米はイランの「ウラン濃縮推進」を阻止するため、国連制裁の圧力をかける一方で
対話を再開しようとしています。
イスラエルがイラン攻撃をする現実的脅威を取り除ければ、イランの核開発を平和利用に限
定させ、完全な査察を受け入れさせる決め手になるでしょう。その保障が得られるまでは、
ロシアからの防空システム導入がイランを安心させ、国際社会との協調に向かわせるために
、役立つ可能性もあります。「中止が当然だろう」などと、簡単に断言する論理は、朝日社
説らしくないと思います。 (9月19日記)
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なぜ?世界を裏切ったオバマ政権
坂井定雄(中東ジャーナリスト)
オバマ政権は、イスラエルの入植地拡張について政策を変更した。パレスチナ人、イスラム
諸国だけでなく、世界の人々を裏切った。オバマ大統領がイスラム世界との相互理解・尊重
への決意を示したカイロ演説(6月)で高まった人々の希望と期待が、大きな失望に変わり
つつある。
10月末、パキスタンに次いでイスラエルを訪問したクリントン国務長官は28日、訪問
を締めくくる記者会見で、「中東和平交渉再開には(これまでにも)決して前提条件はなか
った。いまや入植地問題は交渉の中の問題とみなされる」と、イスラエルの入植地拡張の凍
結を前提条件にせずに、中東和平交渉を再開するよう表明した。クリントン発言はもちろん
個人的見解ではなく、オバマ大統領の了解のもとでの発言に違いない。
オバマ大統領は就任以来、一貫してイスラエルの入植地拡張に反対を表明してきた。5月
にはクリントン長官は大統領の意を受けて「大統領は入植地拡張の停止を望んでいる。例外
はない。入植地の一部でもない、前哨拠点でもない、自動的拡張でもない(全部だ)」と明
言した。オバマ大統領自身カイロ演説で、入植地拡張の凍結を求めた。そしてオバマから就
任2日後に任命されたミッチェル特使は、再三、イスラエルを訪れ、米国が仲介する和平交
渉再開のために、入植地拡張の凍結が必要だと、強く要求し続けてきた。
しかし、イスラエル側はごく一部の抑制を表明しただけで、入植者用住宅3000戸の建
設など入植地拡張工事を続け、私も「リベラル21」で報告した通り、東エルサレムではパ
レスチナ人住居の破壊、追い出しを加速した。このため、ミッチェル特使とイスラエル側の
交渉は事実上暗礁に乗り上げていた。
1993年のオスロ合意以来、パレスチナとイスラエルは、米国の仲介で紛争解決をめざ
す、中東和平交渉を断続的に続けてきた。しかし、その間にイスラエルは67年戦争の占領
地=東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザで入植地を拡張し続けてきた。オスロ合意当
時、ヨルダン川西岸の入植者人口は10万6千人だったが、16年後の現在約30万人に膨
れ上がっている。そのほかにイスラエルが一方的に領土併合を宣言している東エルサレムの
入植者は約20万人に達し、合計で50万人を超える。
占領地での入植地建設=領土化は、100%国際法違反で、国連も再三にわたって入植地建
設の中止を要求する決議をしてきたが、イスラエルは無視してきた。米国のブッシュ前政権
も、中東和平の「ロードマップ」を示し、交渉促進への意欲をPRしたが、入植地拡張を黙
認し、イスラエルは拡張を続けたため、和平交渉は全く進まなかった。
オバマ政権が、和平交渉再開への事実上の前提条件としていた、入植地拡張凍結の要求を取
り下げれば、イスラエルへの圧力が大いに弱まる。ブッシュ政権時代と同様、入植地拡張が
続き、和平交渉どころかパレスチナ人の生存権がますます脅かされるに違いない。
米国の政策変更について、パレスチナ側は怒り、ひどく失望している。パレスチナ自治政府
のスポークスマンは「率直なところ、米国のこのような変化が起こるとは予想していなかっ
た。入植地拡張が行われている一方で、交渉を再開することは極めて困難だ」と語った。
和平推進派のイスラエル有力紙ハーレツのアキバ・エルダー政治解説主幹は、「これは裏切
りだ」「国務長官は、入植地拡張凍結を前提条件とすることについて、10カ月も交渉した
のち、立場を変えた。彼女は、前提条件という前例はないというのだ」「オバマからのメッ
セージは変わった」
なぜ、オバマ政権の立場は変わったのか。
入植地拡張凍結を和平交渉再開の前提条件とすることを、イスラエルが頑強に拒否し続けた
ため、あきらめたというのは、一つの見方だろう。しかし、それなら、これまでと同様、た
とえ交渉を再開しても、イスラエルの入植地拡張が続き、交渉は挫折してしまう。パレスチ
ナ側は、オバマ大統領に義理立てして、交渉再開に同意するかもしれないが、それだけのこ
とで、何も進まない。オバマ政権の強力な中東政策チームは、そのことを十分承知している
はずだ。
それでもオバマ政権は、内政上の困難とAf・Pak(アフガニスタン・パキスタン)戦争
で苦境に立たされ、支持率が低下しているなかで、中東和平交渉再開で点数を稼ぎたいのだ
ろうか。
わたしは他の理由も推察する。それは、イラン問題でクリントン長官がネタニヤフ首相と取
引をしたのではないか、ということだ。
オバマ政権発足以来、イスラエルはイランの核開発施設への攻撃の可能性を、しばしば示唆
してきた。もし、イスラエルがイラン攻撃をすれば、オバマ政権の中東、Af・Pak戦争
戦略ひいては対世界戦略がめちゃくちゃになる。ミッチェル特使が再三イスラエルを訪問し
て交渉したテーマは、中東和平問題だけでなく、イラン問題もあった。イスラエルは、イラ
ンの核兵器開発が進まないうちに、それを断念させるか、攻撃で破壊することを強く主張し
た。イランを攻撃しないと、どうしても約束しなかった。
そこでクリントン長官は10月末のイスラエル訪問の際、ネタニヤフ・イスラエル首相と会
談、秘密取引をしたのではないかー米国は入植地問題を、和平交渉再開の前提としてイスラ
エルに要求しない。イスラエルは6者(5安保理常任理事国とドイツ)の対イラン交渉・提
案を支持し、イランを武力攻撃しないー
クリントン長官がイスラエル訪問を終えた2日後の10月30日、ミッチェル特使がネタニ
ヤフ・イスラエル首相と会談。その直前に首相は、イランがウラン濃縮工場で生産した低濃
縮ウランを国外(おもにロシア)で核燃料に転換するという6者(国連安保理5カ国とドイ
ツ)の提案を支持する、と初めて表明した。イスラエルのこの動きは、米国との取引を示唆
していると思う。
オバマ政権は、イランの核開発問題でも、外交成果を急いでいるのではないか。(了)
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パレスチナの重要な歴史遺産が危機に
―入植地拡張進む東エルサレム
中東ジャーナリスト 坂井定雄
イスラエル占領下の東エルサレムで、パレスチナ人の住居を破壊して入植地拡張が進む現
状を、「リベラル21」で2回(5月11日、23日)伝えた。その後、米国とEUが、再
三にわたりイスラエル政府に対し拡張の中止を要求したが、イスラエルのネタニヤフ政権は
受け入れず、パレスチナ人住居の破壊、追い出しを続けている。
そして7月、エルサレム市当局は新たに、東エルサレムでの20件の入植地(集合住宅)
建設を許可した。その中に、パレスチナ人にとって、きわめて重要な歴史的遺産の敷地に大
きな集合住宅を建設する計画が含まれている。米国務省は先週(7月中旬)駐米イスラエル
大使に対し、この20件の建設計画の中止を求めたが、ネタニヤフ・イスラエル首相は「統
一エルサレムはユダヤ人とイスラエル国家の首都である。誰もわれわれの主権に異議を唱え
ることはできない」と拒否した。
この歴史遺産は、1920年から37年まで、英国統治下のパレスチナで、急増するユダ
ヤ人入植に対するアラブ人住民(パレスチナ人)の抵抗闘争を指導したハジ・アミン・アル
フセイニの本部兼住居だった旧シェファード・ホテル。1930年代に建設された風格十分
な3階建ての建物だ。アルフセイニは、エルサレムのムスリム最高会議議長、イスラム世界
会議議長を務めるとともに、政治指導者としてアラブ高等委員会議長を務め、1936年の
全国的なパレスチナ人蜂起を組織した。37年、英国統治当局からの強い圧力で、ドイツに
亡命した。ハジ・アミン・アルフセイニはパレスチナ人だけでなくアラブ人にとっても、現
代史上きわめて重要な役割を果たした指導者であり、その本部兼住居はパレスチナ人にとっ
て重要な歴史遺産だ。同建物はアルフセイニ亡命後、使用されないまま保存されていたが、
イスラエル占領下の1985年に、東エルサレムの入植地建設を支援する米国のユダヤ人富
豪の所有権となり、今回、市の入植地建設用地として提供されたという。建物を破壊して更
地にしたうえで、集団住宅が建設されるとみられている。
1947年の国連パレスチナ分割決議で、エルサレムは国際管理都市とすることが決められ
たが、1948年のイスラエル建国に続く第1次中東戦争の結果、エルサレムは旧市街を含
む停戦ラインの東側がヨルダン領に、西側はイスラエル領になり、イスラエルは西エルサレ
ムを首都と宣言。しかし、67年の第3次戦争で東エルサレムを含むヨルダン川西岸地域を
イスラエルが占領。イスラエルは東エルサレムを併合し、西エルサレムとの「統一首都」と
することを宣言した。しかし、国連安保理は併合を認めず、占領地としてアラブ側への返還
を要求し続けている。
1974年にはヨルダンが東エルサレムを含む占領下ヨルダン川西岸地域への潜在主権の放
棄を表明。以後、国際社会はイスラエルに占領地を返還させ、その地にパレスチナ国家を建
設してパレスチナ紛争を解決する「2国家解決方式」で一致した。そのパレスチナ国家の首
都としてパレスチナ人が設定しているのが東エルサレムだ。
イスラエルは、ナチスによるユダヤ人集団虐殺をはじめ、ユダヤ人の苦難の歴史を占める歴
史記憶の保存に大きな努力を傾けてきた。その歴史は、私たちを含め、世界の人々が心に刻
みつけている。そしていま、そのイスラエルが、パレスチナ人の重要な歴史遺産の一つを消
し去ろうとしている。私は許すことができない。
写真説明:(上)東エルサレム。中央の岩のドームの手前が旧市街。向こう側が郊外(東エ
ルサレム)
(下)東エルサレムの入植地集合住宅建設現場
いずれも筆者(坂井撮影) 2006年6月撮影
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ブッシュの悪霊を振り払えぬNHK
中東ジャーナリスト 坂井定雄
日本時間22日朝。7時のNHKニュースのトップ。
オバマ新大統領の初仕事の報道。“オバマ新大統領は、さっそく「テロとの戦いと経済対策
」について政権幹部との検討を開始しました・・・”
NHKのオバマ就任報道はとても意欲的で、見続けたが、いつまでブッシュの「テロとの戦
い」に取り付かれているのか。呆れた。東京のニュース・エディターが「変化」に鈍いのだ
ろうか。
オバマ氏は就任演説で、ブッシュ政権の名前こそ出さなかったが、一貫して厳しく批判して
いる。表現上でも「テロ」とか「テロとの戦い」「対テロ戦争」など、ブッシュのキャッチ
用語を一回も使わず、具体的にイラクからの撤退と「アフガニスタンでの平和構築」につい
て具体的な名前をあげて述べている。「我が国は暴力と憎悪の大規模なネットワークに対す
る戦争状態にある」(朝日新聞訳)と述べたが、それは現状認識であり、国民の恐怖と憎悪
を煽るための言葉ではない。「テロ」「テロとの戦い」という用語こそ、ブッシュ政権がア
メリカ国民と世界を、悲惨な戦争に引きずりこんでいった、最も重要なツールだったことを
、オバマ氏はもちろん意識しているのだ。その「変化」を理解できず、最初の仕事を“テロ
との戦いと経済政策”とトップで報道するNHKに、“いつまでブッシュ政権の悪霊にとり
つかれているんだ”といいたいね。
ちなみにBBCは「Obama pledges “era of openness”」(オバマ、“開示の時代”を約束
)
の見出しで、オバマはまず政府の倫理と透明性の実施を指示した上、「補佐官たちと経済危
機およびイラクとアフガニスタンでの戦争について討議した」と報道している。
ついでに朝日新聞23日の論説。全体として同感したが、ブッシュ政権時代に使い古した表
現、あるいは筆者の認識を ぜひ厳密に検討しなおしてほしいところがる。それは「ブッシ
ュ政権が敵視してきた独裁政権などにも、手をさしのべる用意があると表明した。北朝鮮や
イラン、キューバなどが念頭にあるのだろう。『握りこぶしを開くなら』という条件がつい
た。核開発やテロ支援をはじめ、国際社会のルールを無視し、地域の緊張をいたずらに高め
るような姿勢をかえよということだ」という部分。イランやキューバがいつ、どこで、どん
なテロ支援をやったのか。米国政府が国際テロ組織に指定しているパレスチナのハマスやレ
バノンのヒズボラ(政権参加政党)を、イランが支援しているからなのか
オバマ氏は「今日、私たちは長らく我が国の政治の首をしめてきた、狭量な不満や口約束、
非難や古びた教義を終わらせると宣言する」と就任演説でのべているじゃないか。
ブッシュのイラク戦争をはじめから支持した、読売や産経がはたして「古びた教義」を捨て
るかどうかわからないが、せめてNHKや朝日は、しっかりアメリカの「変化」を受け止め
てもらいたい、と思う。(了)
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オバマ米大統領の包括的「アグガニスタン・パキスタン新戦略」は、「軍事力だけでは勝
利できない」現実的な情勢認識に基づく、“出口戦略”といえる。米国内でも、国際的にも
好意的に受け止められた。新戦略の要点は(1)パキスタンに巨額の援助を供与し、同国北
西部の部族地域に逃れ、再建を進めるアルカイダとタリバンをパキスタン軍に掃討してもら
う(2)アフガン国内では、米軍の増派に歯止めをかける一方で、国軍、国家警察を増強・
訓練し、タリバンの反攻・浸透を抑え、治安改善と並行して経済開発を進める(3)国連、
NATO、中央アジア諸国、湾岸諸国、イラン、ロシア、インド、中国と連携グループを結
成し、協調行動を進めるーなど。前途には、困難な課題が山積している。以下は、その一部
にしか過ぎないー
1.パキスタン部族地域での戦い
オバマ政権にとっても、国際テロ組織「アルカイダ」壊滅が、アフガニスタン・パキスタン
戦争の“錦の御旗”であることには変わりはない。
ブッシュ政権時代、アフガン駐留米軍はしばしば越境地上攻撃したが、オバマ政権下では中
止した。一方、CIAの強い要求で、無人機「プレデター」「リーパー」によるミサイル攻
撃を秘密作戦のまま継続しているが、現地諜報に誤りが多く、住民が犠牲になる誤爆が続出
、反米感情を高めるばかりだ。
パキスタンは人口一億七千万人の地域大国。パキスタン政府が「主権侵害」として拒否する
米軍の越境攻撃を、オバマ大統領が命令し、あるいは認めることはないだろう。米国はアル
カイダとタリバンの掃討を、パキスタン軍に依存せざるを得ない。
しかし、部族地域の大半をパキスタンのイスラム過激派の部族勢力「タリバン運動」が実質
的に支配しており、大規模な掃討作戦は、政府と軍にとって困難な戦いだ。
首都イスラマバードからアフガニスタン国境の間に広がる幅6~70キロ、長さ200キロ
余りの部族地域は、NWFP(北西辺境州)とFATA(政府直轄部族地域)からなり、大
半が険岨な山岳地形。同国でもっとも貧困な地域で、反政府感情が強い。昨年末、NWFP
の要衝であるスワート渓谷地方(人口150万人)で、政府軍は1年半にわたるイスラム過
激派との戦闘をした末、停戦。「タリバン運動」が要求したイスラム法廷の設置を受け入れ
てしまった。
オバマ政権は、部族地域へのパキスタン軍の作戦強化と経済・民生支援の実行を柱とする厳
しい条件を付けて、向こう5年間・年額15億ドルの軍事・経済援助を約束した。パキスタ
ン政府と軍の行動にアフガニスタン・パキスタン戦争の行方が懸かっている。
2.アフガン国軍と警察の増強で肩代わり目指す
オバマ大統領は就任早々、米戦闘部隊1万7千人と訓練部隊4千人の増派を命令した。これ
までアフガン駐留外国軍は、米軍独自の指揮下に1万9千人、他にNATO指揮下の国際治
安支援軍(ISAF)約5万3千人(うちの米軍1万4千人)。新たに増派中の戦闘部隊は
、米軍独自指揮下に加わり、南部でのタリバンとの戦闘、治安維持に投入される。現地駐留
軍は、3万人の増派を要求していたが、大統領は認めなかった。
新たな軍事戦略の再重点は、2011年までにアフガニスタン国軍を13万4千人、国家警
察を8万2千人に増強し、最前線の各部隊単位にまで米軍の支援部隊を貼り付ける計画だ。
成功すれば、米軍から国軍への肩代わりが可能になる。
タリバンは07年から反攻を開始、パシュトゥン人住民が多数のアフガン南部、東南部と首
都周辺の州の村落や町に武装勢力を再浸透させ,影響力を広げてきた。とくに南部では,米軍
や英,豪,カナダ軍部隊と激しい戦闘が繰り返され,自爆攻撃や仕掛け爆弾も増えている。
3. 軍閥とアヘン
2001年12月にタリバン政権が崩壊し、カルザイ政権が樹立してから7年以上も経過し
たのに、政権が弱体で、行政がゆきわたらず、腐敗が横行し、国家再建は遅遅としている。
その最大の原因は、ブッシュ政権がきわめて雑なアフガン国家再建計画しか持たず、イラク
戦争に戦略の中心を移してしまったことにある。カルザイ政権が軍閥の寄り合い所帯で発足
し、現在に至るまで主要閣僚をはじめ軍閥の影響力が強いことも、国家再建を進める上での
大きな障害になった。軍閥は地方を支配するボスで、大きいのは千人を超える武装民兵を抱
える。ブッシュ政権は戦争で米地上軍の損害を最小にするため、CIAが北部同盟はじめ主
要軍閥を買収、武器を供給して、タリバンを地上攻撃させた。CIAの買収資金は総額10
億ドルに上った。米軍の仕事はおもに空軍による爆撃と偵察だった。
いまや軍閥は、州知事から村長に至るまで、多くの地方で行政と治安権限を握り、国境貿易
の通関料を横領し、米国と国際支援による援助プロジェクトで肥え太った。さらに巨額なの
が、支配下の農民によるケシ栽培と、アヘンの密貿易の収入。国連の報告によると、世界に
供給されるアヘンの90%がアフガニスタン産。ケシ栽培はタリバンの影響力が強まってい
る南部で全国の3分の2弱を占め、残りは一部州を除く他の軍閥支配地域にわたっている。
国外へのアヘン密貿易はウズベキスタンはじめ中央アジア経由が大半を占め、北部軍閥の大
きな収入源になっている。タリバンの密貿易ルートはパキスタン経由で、年間収入は5億ド
ルに達すると米当局は推定している。軍閥の解体は、国家再建の重要なカギだ。(終わり)
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▽オバマ新戦略の大戦果
パキスタン北西辺境州のスワート渓谷地方を、イスラム過激派のパキスタン・タリバンか
ら奪い返したパキスタン軍の5月攻勢は、画期的だった。オバマ政権は、3月末に発表した
Af-Pak新戦略に基づき、パキスタンのザルダリ政権と軍に対して、アフガニスタンで
反撃と支配地域を拡大しているタリバンと、国際テロ組織アルカイダの活動拠点を壊滅する
大規模軍事作戦を行うよう、巨額な軍事・経済援助の約束とともに、強い圧力をかけてきた
が、パキスタン側がそれに応えたといえよう。
ここ2年間あまりパキスタン軍は、アフガニスタンと国境を接する北西辺境州(NWFP)と
部族地域(FATA)で、拡大する一方だったイスラム過激派と戦い続けたが、険峻な地形
と、部族民の反政府感情も妨げられで苦戦、中途半端な停戦を繰り返してきた。とくに風光
明媚で著名で、人口も多いスワート渓谷では、この2月、タリバンに法的支配権を譲ること
になるイスラム法廷の設置を受け入れて停戦。現地では、避難した大地主の土地と住宅をタ
リバンが接収、家主が逃げた住宅では、タリバンが住民から家賃を収納し始めていた。パキ
スタンでは全土の少なくとも1割はイスラム過激派の支配下にあるといわれ、農村はごく少
数の大地主と圧倒的に多い貧農で構成され、都市でも貧富の格差が著しい。スワート渓谷か
ら土地革命が全土に拡大するのではないかとの危機感が、パキスタン国内でも、米国でも高
まっていた。クリントン米国務長官は下院公聴会で「パキスタンの存亡に関わる危機であり
、同国は米国と世界の安全にとって致命的な存在になった」と証言したほどだ。
パキスタン軍は5月攻勢で、1万6千人の部隊を動員、タリバンの拠点をF16戦闘爆撃機
で爆撃したうえ、まずヘリコプターで精強部隊を投入し拠点を攻撃、さらに地上軍で広域を
制圧する戦術で、1万人以上のタリバン戦闘員の1千人以上を殺し、壊滅的な打撃を与えた
。このような軍の戦術自体が画期的だった。この作戦を可能にしたのは、軍が地域住民を自
発的、半強制的に避難させ、タリバンを孤立化、軍が自由に攻撃できたことだ。その結果、
スワート渓谷と周辺地域から、240万人が流出。政府と国連は市の10分の1にしか、住
まいの手当てができない状態になった。
▽リーデルの警告
しかし、オバマ政権のAf-PAK新戦略をまとめた責任者の元CIA幹部のリーデルは、
喜んでいない。「スワート渓谷でのパキスタン軍の勝利は、この国の将来にとって、厳しい
反作用をもたらすかもしれない。タリバンと他のイスラム過激派がパキスタンの中心的な地
域に拡散する、はるかに危険な脅威がある」
リーデルが指摘するのは、首都イスラマバード、パキスタンの宗教的、文化的中心都市ラホ
ールを含むパンジャブ州のことだ。同州は経済でも、人口でも国家の半分、軍と政治勢力の
中心をパンジャブ人が占める。タリバンは、人口の15%ほどのパシュトゥン人が主力。パ
ンジャブ人の中にもイスラム過激派が活発で、カシミール紛争での先兵として軍が育てた組
織もあり、インドで大規模テロ事件を繰り返している。リーデルは、そのパンジャブ人のイ
スラム過激派とタリバンが協力関係を強めていることを指摘している。
スワートで敗北したタリバンは、ラホールはじめパンジャブ州各地で報復テロを実行したが
、リーデルは懸念をさらに深めているかもしれない。
とはいえ、オバマ政権も、過激派を嫌い、恐れる多数のパキスタン国民が、最も期待してい
るのは、パキスタン軍とザルダリ政権が、北西辺境州と部族地域(FATA)の各所に拠点
を築いている、パキスタンの過激派、アフガニスタン・タリバンそしてアルカイダを攻撃し
続け、一掃することだ。その本拠地はFATA南端の南ワゼリスタン地区。最大で南北約20
0キロ、東西約120キロの険峻な山地で、西側はアフガニスタン、南側は反政府独立運動
が根強いバチスタン州に接している。
もちろん米国の最重要目的がアルカイダの壊滅であることはいうまでもない。このため、米
軍は衛星と偵察機による詳細な監視、無人機による幹部殺害と拠点攻撃の秘密作戦を続けて
きた。パキスタン軍は米軍からの詳細な偵察情報の提供を受け、スワート作戦がほぼ終了し
た6月中旬から、南ワゼリスタンの過激派拠点への爆撃を開始した。同地区はパキスタン・
タリバンの本拠地で、スワートから撤退してきた指導者メスードはじめ地元部族出身。また
、アフガニスタン・タリバンやアルカイダも支援部族にしっかり守られているという。パキ
スタン軍が攻略するのは、スワートよりも困難とみられている。軍が最後まで作戦を遂行す
る決意があるかどうか、リーデルも確信がもてないようだ。
▽最大の懸念は核の管理
しかしオバマ政権にとっての最大の懸念は、60-100発の核弾頭を保有すると米国が推
定しているパキスタンの核兵器と核技術の安全管理だ。インドとの戦争を想定し、同国の核
兵器の貯蔵庫、製造工場など各施設は数十か所あり、全国に分散しており、ブッシュ政権は
1億ドルの安全管理経費を支援したが、核兵器の貯蔵庫や製造工場など肝心な場所には近づ
くこともできなかった。特に各施設が集中しているのは首都イスラマバード南方の、一辺1
00キロ余の三角地帯だが、ここはまさにパンジャブ州の中心域で、イスラム過激派の活動
が最も活発。ラホールをはじめ、スワート作戦への報復テロも、多くがここで派生している
。パキスタン軍と政府は、核兵器の安全管理は完全だと繰り返すばかりだが、米国はそれを
検証することが全くできない。
しかし最近、米当局は、この地域のクシャブにあるプルトニウム生産施設で、2番目のプル
トニウム生産炉、重水工場などが急ピッチの工事で完成し、3番目の生産炉の建屋が出来た
ことを、衛星写真で確認した。なぜ、核ミサイル弾頭に使用される、プルトニウム生産体制
の急ピッチな増強を進めているのか、パキスタン側の説明は一切なく、オバマ政権の不安は
深まるばかりだ。
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深まるパキスタンへの不安
―オバマ新戦略は初戦果を挙げたが
龍谷大学名誉教授 坂井定雄
(写真説明)
急ピッチで増設進む、パキスタン・クシャブのプルトニウム生産施設。
米科学国際安全保障研究所が発表した衛星写真(09年1月30日撮影)
(または)部族地域を監視するパキスタン軍のヘリ
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(ポリシーフォーラム21-No48)
イラン国家体制と政策はどう変化するのか
=テヘラン・デモの背景と第2期ア政権
龍谷大学名誉教授 坂井定雄
6月12日の大統領選挙の不正に抗議する、79年のイスラム革命以来最大の反体制デモが
首都で発生し、革命防衛隊の暴虐な鎮圧行動で死傷者千人以上、逮捕者4千人以上をだした
イラン。アハマディネジャドが2期目の大統領に就任。8月19日にようやく、新政権の閣
僚名簿の承認を国民議会に求めた。この間の出来事は、この西アジアの地域大国が「十字路
に立っている」(BBC中東アナリスト)ことを示唆している。
▽ネダの死とネットの影響力
7月20日、テヘランでの大規模なデモのさなか、大学卒で父の経営する旅行社で働く若
い女性―ネダ・アガソルタンが、鎮圧に出動した革命防衛隊の銃弾に倒れ、死亡した。歌手
でもあるネダは、改革派の若者たちの人気女性だった。ネダは2009年6月のテヘラン・
デモの象徴として歴史に刻まれることとなった。
デモの主体は、学生、若者たちで、その多くが中間層。ネダはその典型だった。革命防衛
隊の襲撃を避け、歩道上で「アラー・アクバル」と叫び、残虐な暴力行使に抗議する女性も
多かった。イランでは、女性の大学就学率が高く、社会進出、政治参加が進んでいる。アハ
マディネジャドは新政権の閣僚21人のうち、革命以来初の女性閣僚(保健、社会福祉、教
育各相)を3人登用した。
テヘランでのデモと流血は、動画、静止画像、記事とも、たちまちペルシャ語と英語で全
世界に流された。イランとくに都市ではパソコン、ネットを駆使する若者が増えている。
このような社会的変化、情報化の中で、都市市民とくに中間層の民主化、自由化への希求
はより強まっている。テヘランの反体制デモは明らかに、その表現だった。
▽革命防衛隊
革命防衛隊は79年のイラン革命後、最高指導者ホメイニの命により陸海空三軍とは別に
創設された治安維持軍である。常備地上兵力約10万5千人、海軍2万人、中距離弾道弾を
含むミサイル部隊を統括する空軍のほか、対外工作や情報活動をするエリート部隊のアルク
ッズ軍(5千人)がある。さらに、志願制軽武装の巨大民兵組織バシジがあり、常備兵力9
万人、予備役30万人。非常時には1千万人を動員できるという。今回、鎮圧行動を展開し
たのも、80年代の対イラク戦争で最前線の人海戦術を支えたのもバシジだった。
新発足した第2期アハマディネジャド政権は、大統領自身も、主要閣僚も革命防衛隊出身者
が占めた。しかし、革命防衛隊が、イスラム国家体制を奪いとったわけではない。もし、最
高指導者ハメネイ師と大統領が対立した場合には、間違いなく革命防衛隊は最高指導者の指
導,指揮に従うだろう。
▽最高指導者の権威は失墜したか
8月5日の大統領就任式典には、最高指導者ハメネイに次ぐ国家の要職である最高評議会議
長兼専門家会議議長のラフサンジャニ元大統領も、ハタミ元大統領も欠席した。最高指導者
が新大統領を正式に承認したことを国民に示す最も重要な式典である。大統領選に敗れ、不
正を訴え続けた対立候補のムサビ元首相とカルービ元国会議長、一部の国会議員も欠席した
。最高指導者と新大統領に対する公然たる不服従の意思表示だった。一部の前議員グループ
は、ハメネイを非難する文書を、最高指導者の罷免権がある専門家会議に提出した。
このため、「最高指導者の権威が失墜した」として、政情不安を予想する見方も国際的に生
まれた。ハメネイは憲法上、最高・最終的決定権を持つが、故ホメイニのような大多数の国
民からの絶対的ともいえる崇敬の念、宗教的権威があるわけではない。後継者として専門家
会議によって選出された最高指導者だ。重要な政治的な対立ある問題では、保守派に軸足を
置きつつも、あからさまに一方に偏することなく、憲法に従って「指導」することによって
、20年間、その地位を保ってきた。しかし今回は、ハメネイがいち早く選挙結果を承認し
、革命以来最大の抗議デモに直面して、暴力的な鎮圧をやらせたため、深刻な事態を招いた
。その後、ハメネイはラフサンジャニ、ハタミ両前大統領に敵対することもなく、憲法に基
づく「法的正当性の尊重」を繰り返し説き、新司法長官に保守強硬派を任命する一方で、逮
捕・拘留中のデモ参加者を拷問した監獄の閉鎖を命じるなど、バランスした動きもみせてい
る。
今後、ハメネイは、革命防衛隊の力に依存するアハマディネジャド政権の強権統治を支える
か、改革派にも柔軟に対応するバランスを示して、さらなる分裂と混乱を避けていくのか。
まずは保守強硬派が要求するムサビ、カルービの逮捕、投獄を認めるかどうか、テヘラン・
デモ裁判の110人を超えた被告に対して、どのような判決を下すかが、ハメネイの指導力
ひいてはイランの行方を示すことになる。
▽核政策は不変
ここでは詳論はできないが、ウラン濃縮の国家政策を、最高指導者も大統領も、議会も、保
守派も改革派も、ほぼ一致して支持しており、新政権のもとでも変化するはずがない。ウラ
ンの濃縮停止をあくまで要求するブッシュ政権時代以来の国連安保理決議を、イランに受け
入れさせることはできまい。制裁の圧力を強化しても、ナショナリズムを刺激し、国民を団
結させるだけである。NPT(核不拡散条約)で非核保有国に認めている平和目的ウラン濃
縮の権利を、イランに対して再確認したうえでなら、ナタンズ濃縮工場などのIAEA査察
を実現するための交渉は進むのではないか。オバマ米政権の発足で、安保理常任理事国とド
イツは、対イラン交渉を仕切り直しできるはずだが、いまのところ、あくまでウラン濃縮停
止を要求する政策に固執している。しかし、このままでは、イランの核兵器開発への欲求、
イスラエルのイラン攻撃の危険が高まる一である。オバマ政権と安保理は、再検討を急がね
ばならない。
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米国は「オバマのベトナム」を避けることができるか
―Af・Pak戦争の現実(2)
中東ジャーナリスト 坂井定雄
2.ラシッドの危機感
4月27日のアハメド・ラシッドからのメールー「恐ろしい状態だ。パキスタンには指導
者も指導方針もない。アフガニスタンよりも悪い状態だ」
ラシッドは世界でもっとも信頼されているパキスタンのジャーナリスト。「タリバン」「
聖戦」などの邦訳もある。オバマ大統領のブレーンの一人。24日のBBCは「パキスタン
政府と軍には、同国北西部でのタリバンの脅威を阻止する能力も意思もないようだーとBB
C客員コラムニストのアハメド・ラシッドは主張している」と前置きして、彼の解説を放送
した。そのごく一部を紹介するとー
「パキスタン政府と軍のかってない混乱、国民の絶望感がパキスタン北部一帯でのタリバ
ンの急速な拡大を助けている」
「大多数の国民が、(パキスタンが分裂しバングラデシュが建国された)1971年以来
最大の国家危機だと、一致して懸念しているのに、政府も軍も、その現実を認めようとして
いない」
「スワート渓谷地区のタリバンはウサマ・ビンラディンに拠点を移すよう招いて、同地域
を支配していることを示した」
「タリバンはいまや、パンジャブ州の過激派の支援を受けて、同州の北部、西部、ラホー
ルとカラチ(同国第2と第1の都市)に浸透しつつある」
(タリバンは01年までアフガニスタンの政権を支配したイスラム過激派武装勢力の名称
。パキスタンでも、北西部部族地域はじめ続々、結成されたイスラム武装勢力が昨年末、連
帯して「タリバン運動」を呼称。最近ではそれぞれの拠点地域の名前を付けて「○○のタリ
バン」と呼ぶようになった。主としてパシュトゥ人(全人口の約15%)の武装組織。パン
ジャブ州は同国4州の中心となる州)
ラシッドは何年も前から、パキスタンでのイスラム過激派の広がりー「パキスタンのアフ
ガン化」を厳しく警告してきた。その理由は(1)パキスタンのイスラム思想には、19世
紀に北インドで生まれたデオバンド派の原理主義的、民族主義的な影響が強く、その影響下
のマドラサ(イスラム学院)の学生たち多数がアフガニスタンのタリバンに志願、送り込ま
れた(2)圧倒的多数国民の貧困、格差(3)政治家・政党の腐敗と無策(4)イスラム過
激派に対する軍の消極的姿勢(5)米国の中東政策・行動への憎悪―などで、イスラム過激
派が拡大する温床があるからだ。
ブッシュ政権下、米国は、タリバンと国際テロ組織アルカイダが、アフガンからパキスタ
ンの部族地域に逃亡、再建した拠点に対し越境作戦を散発的に行ってきた。07年からタリ
バンのアフガニスタンへの反攻が活発化、米国は部族地域へのCIAによる秘密戦争とくに
無人機によるアルカイダとタリバンに対するミサイル攻撃を強化した。しかし、そのミサイ
ル攻撃で誤爆が続発。住民の反米感情が高まった。さらに部族地域での軍の対過激派作戦で
住民多数が犠牲になったことも、イスラム過激派への支持を広げた。
こうしてこの2年間で、部族地域のイスラム過激派は勢力を拡大、とくに“スワート地区
のタリバン”は2年間にわたる軍との戦闘を優勢のまま停戦に持ち込み、停戦条件として同
地区でのイスラム法の実施を政府と議会に承認させる“勝利”まで獲得。さらに、周辺の行
政地区まで進出する状況になっている。
クリントン米国務長官は22日、米下院での証言で、パキスタンが「米国と世界の安全に
とって致命的になるかもしれない危険な存在になっている」と発言した。パキスタンは人口
1億7千万人の核保有国。核兵器関連施設は全国に散らばっている。オバマ政権は、パキス
タン北西部部族地域がアルカイダとアフガニスタン・タリバンの拠点になっているという事
実をはるかに超える、危機の重大さを認識したのだ。(この項終わり)
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厳しい夏を過ごす貧者の知恵
今年のラマダンに異変
中東ジャーナリスト 坂井定雄
いまイスラム世界はラマダン(断食月)の真最中だ。ムスリム(イスラム教徒)は、つらく
苦しい断食を、忠実に実行している。世界15億人(オバマ米大統領の特別メッセージから
)のムスリムの99%が断食をしていると、わたしは思う。ラマダンは断食月の30日間(
今年は8月22日から)、日の出から日没まで水も食べ物も一切口にしない行で、7世紀に
始祖ムハンマドの命により始まり、現在まで変わりなく続けられている。
先週、カイロから一時帰国した親しい日本人女性の話だと、貧富の格差がますます広がり、
貧しい人々の暮らしは、物価高で一層苦しくなった。そのなかで、今年のラマダンでは、大
きな異変が人々の話題になっている。
それは、冷房を備えたモスクに職のない貧しい人々やお年寄りが集まり、一日中、モスクの
広い床を占領してしまい、モスクは困っているという事態だ。これまで政府は、モスクがイ
スラム同胞団の活動の場になることを警戒して、導師が説教する祈りの時間以外は閉鎖を命
じてきた。しかし今年は、ラマダンの1カ月だけ、一日中開放することを許した。最近、比
較的大きな、豊かなモスクほど冷房装置を備えるようになってきた。そして今年、いざラマ
ダンが始まると、冷房付きモスクに朝から貧しい人々がやってきて、床に寝そべり、占領し
てしまったのだ。もちろん、神聖な祈りの時間になると、寝そべっていた人々も起き上がっ
て祈りに参加するが、終わるとまたゴロリ・・・。
2千万人といわれるカイロの住宅事情は極めて悪く、住民の半数以上を占める貧しい人々に
は、住む家があっても十数人が2DKに生活しているような家族も多い。もちろん冷房など
は皆無。カイロの夏は気温40度以上、50度を超える日もある。仕事のない、とくに男性
のお年寄りが自宅を逃げ出して、冷房つきのモスクに集まるわけだ。そして夕方、福祉団体
が用意するイフタール(ラマダンの夕食)でたっぷり食べて、自宅に帰る。政府もモスクも
、手の打ちようがなく今年のラマダンもやがて終わる。有力紙アルアハラムも大きく報じて
いた。
わたしは、1973年から3年半、ベイルートで暮らして以来、イスラム世界と付き合って
きたが、昨年までのカイロ暮らしで経験した3回のラマダンは、もっとも感動的、印象深い
日々だった。たとえば、ラマダンの30日間のイフタール。夕方になると、巨大都市カイロ
のいたるところの空き地に―高架道路の下、路地裏、モスクの庭や公園などーにわか食卓が
ならび、貧しい人々が席をうずめて、日の入りを告げるモスクのアザーン(呼びかけ)を待
つ。食卓には、その人々が日ごろ食べられない米、肉や魚の煮込み、フライ、野菜、果物な
どが詰めあわされた“お弁当”と、もちろん水のボトルが並ぶ。そしてアザーンがカイロ中
に一斉に響き始めた瞬間、人々はいっせいに食べはじめる。官庁でも、大学や研究所でも、
イフタールがにぎやかに始まるし、一般家庭では家族だけでなく、親戚や近所の人を招いて
、親交を深める。
貧しい人々へのイフタールを用意するのは、イスラム福祉団体が多く、おもに地元の裕福な
人々、商売人たちが資金を提供する。エジプトの場合、もっとも熱心に福祉活動をやってい
るのは、政府が禁止しているイスラム同胞団系の福祉団体で、元気な若者たちが多い。
中国ではウイグル人(840万人)、回族(982万人)がムスリムだ。日本で大学准教授
をしている親しいウイグル人夫妻と数日前に会ったばかりだが、彼らは日本にいる間は断食
をしていない。イスラムの戒律では、病気や旅行中の、そして戦場にいるムスリムは断食を
延期してもいい。できるようになったら、埋め合わせの断食をする。夫妻は、ウイグルの大
学にいるときは、ほかの教員たちと同様、断食をするという。中国当局は、官公庁はもちろ
ん企業でも大学でも断食を禁止しているが、ムスリムたちは、食べたり、水を飲んだりする
振りをしながら、夜明けから日没まで断食をするという。毎日、イスラム世界のどこでも必
ず行われている、モスクのからの断食開始(日の出)、断食の終り(日没)を告げるアザー
ン(呼びかけ)が中国では禁止されているが、ウイグル人も回族もその時間を記したムスリ
ム暦を持っていて、一斉に行動している。
7月のウイグル人たちのデモ・暴動と中国武装警察の鎮圧行動で、政府発表では197人、
ウイグル人たちは「確かに一千人以上が死亡した」という新疆ウイグル自治区の首都ウルム
チ。ウイグル人住民たちは、武装警察の厳戒態勢と漢族暴徒集団の襲撃を恐れて、ひっそり
とラマダンを過ごしている。2009.9.12
(写真説明)カイロの高架道路下でのイフタール。ラマダン月の毎夕、貧しい人々に提供される
夕食会。 筆者撮影。
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メディアは拙速な代替貢献策をせかすな
中東ジャーナリスト 坂井定雄
鳩山政権は、海上自衛隊によるインド洋海上給油中止をきっぱりと決断し、表明すべきだ。
それについてNHKを含む新聞、テレビが、米政府の要人やブッシュ政権を支えた”知日派
“や国防総省の報道官にまで見解を聞いて回り。予想通り「継続が望ましい」「中止すれば
日米関係に影響する」などと言わせるのは、いい加減にやめるべきだ。
さらに許せないのは、新聞、テレビが「給油を中止するならば、それに代わるだけの貢献策
を早急に取りまとめなければならない」と政府をせかせることだ。軍事的貢献を求めて「汗
をかく貢献でなければならない」といった、湾岸戦争以来の決まり文句を当たり前のように
繰り返す、メディアや政治家、“安全保障専門家”や“外交評論家”さえまだいる。
海上給油の中止は、憲法に基づき、海外派兵と直接的な軍事的貢献に反対する多数の国民の
意思に基づいて、鳩山政権が決断するのだ。オバマ大統領の11月訪日を前に、鳩山政権が
日米関係の良好な発展のために政策をまとめていくのは当然だが、憲法に基づく政府の決定
は、もっとも基本的な、重要な決定ではないか。それを踏まえて、国民が支持できる、可能
な政策をまとめればいい。
鳩山首相の決意と政府の決定が明確であれば、オバマ大統領はそれを理解し、尊重するだろ
う。それで米国が必要とする良好な日米関係を損なうことはあり得ない。心配することはな
い。米国防総省の高官や報道官がなんと言おうと、ホルブルック・アフガニスタン・パキス
タン問題特使もルース駐日大使も、とくに海上給油継続を求めることはせず、“アフガン貢
献は日本が決めることであり、日本が得意とする分野で頑張ってほしい”と明確に発言して
いるではないか。
オバマ政権は、3月末に発表したアフガン新戦略で、軍事作戦と民生支援を同等に重視する
ことを明確にした。民生支援を進めなければ、住民を味方につけることはできず、タリバン
の支配地域の広がりを防げない。しかし、現実には今年になって米軍を増派し、タリバンと
の戦闘が激化した結果、住民の犠牲者、とくに米軍の爆撃による犠牲者が急増、「占領軍」
への反感、憎悪が強まる一方だ。その中で、これまで巨額の援助資金が投じられてきたUS
AIDなど米国の援助機関による民生支援は、多くが失敗し、あるいは実施が中断している
。オバマ政権は、民生支援の計画作りと実施の困難さを十分認識している。
だから、オバマ政権は、鳩山政権に対して民生支援を中心とする復興支援への強い意志表明
と約束を求めても、わずかな期間にまとめ上げた拙速な支援計画を求めているわけではない
。規模は大きくても実施できるかどうかわからない支援計画を作り、予算をつけても、化け
の皮はすぐ剥がれるだけだ。
鳩山政権がやるべきことは、急がず、焦らず、腰を据えて、いま取り組まれている支援を支
え、進めること。その経験をもとに、しっかりした支援計画を作り上げていくことだ。その
ために、アフガンの実情を良く知り、民生支援の実施で苦労してきた人々の意見を十分にく
みあげることが必要だ。
そのひとつは、JICAの緒方貞子理事長の意見を十分にくみ上げること。70人をこえる
現地駐在のJICA援助要員から直接、経験と意見を聞くことも、役に立つだろう(すでに
行われているはずだが)。
それ以上にぜひやってほしいのは、アフガン東部の農村に滞在しているNGO「ペシャワー
ル会」の中村哲代表の経験と意見を十分に聞いて、政策に取り入れることだ。よく知られて
いるように、中村医師とペシャワール会が、外国軍の警護などは一切受けることなく、村民
たちの協力のもとで、農業用水路の建設など農業支援の事業でおさめた成功は、現地要員の
一人(伊藤和也さん)が犠牲になりながらも、アフガン民生支援事業では数少ない、世界か
ら高く評価される経験なのだ。
日本は、アフガン復興支援の国連安保理決議が行われた後の2002年から現在まで、海上
給油支援とは別に、約2千4百億円の復興支援を行ってきた。米国は別として、最大の復興
支援国だ。その中で、もっともアフガン国民から感謝されているのが、農業支援と学校建設
や教科書・教材配布などの教育支援。だが、こうした民生支援は、反政府勢力タリバンと米
軍の戦闘とくに米軍の爆撃が激化している中で、大きな困難にぶつかっている。
復興支援の実施は、カルザイ政権と現地州政府や村役場の協力と人手で行う
ことが多いが、はびこる腐敗が妨げとなり、援助資金が食い物にされている。援助計画の実
施は、現地での住民と援助要員の安全が確保されていないと難しい。しかし、米軍や国際治
安支援部隊(ISAF)の警護を得て現地入りすると、住民の反感を呼び、タリバンから攻
撃されかねない。
そういう状況下で進める民生支援計画である。拙速で作れるはずはない。
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米国の核政策転換に反対する日本政府
―極めて重要な、ことしの原爆記念日―
中東ジャーナリスト 坂井定雄
いま、広島原爆投下の日の集会を見ながら、広島、長崎をはじめ日本の人々が64年間、
原水爆禁止を要求し続けてきた世界史的な意味を、あらためて確認した。しかし同時に、こ
のきわめて重要な時点であることを認識できない、あるいはしようとしない、緊迫感の不足
を感じないわけにはいかなかった。
(1)オバマ大統領がプラハ演説で、「米国は核兵器を使用した唯一の核保有国として行動
すべき道義的責任を持つ」ことを認めたうえ、「核のない世界」を目指し、「冷戦的思考を
終わらせるため、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を低減させる」と核戦略の転換
を示唆した。(2)北朝鮮が核実験を成功させ、事実上の核保有国に加わった。(3)イラ
ン核施設をイスラエルが攻撃する危険が高まっている。(4)国内では、日本政府が6年間
争ってきた原爆症認定集団訴訟に対する政策を転換、原告全員(306人)を認定、救済する
ことを受け入れた。(4)8月に総選挙があり、政策転換のチャンスであるーなどを挙げる
だけで、例年とは違う重要な状況下にあることは明らかだ。
秋葉・広島市長は、演説でオバマ大統領への強い支持を表明した。麻生首相でさえ「核廃絶
」への努力を表明した。だが、実際はその反対なのだ。日本政府が、オバマ政権の「核兵器
の役割を低減させる」政策転換に反対し、外務省、防衛省の政策実務者をつうじて、米国の
国務省、国防総省の政策立案担当者に働きかけていることは、国内でどれほど知られている
だろうか。
オバマ政権は今後5-10年間の米国の核戦略の基本方針となる「国家核兵器態勢‘’20
09‘’見直し」を、12月までに議会に提示する。目下、そのとりまとめ作業を国防総省
が急いでおり、日本政府はその作業チームに働きかけているわけだ。前回の「見直し」はブ
ッシュ政権下の2001年12月だった。
米国の核政策や環境政策の監視と提案を積み重ね、国際的にも高く信頼されている「憂慮す
る科学者同盟(UCS)」の国際安全保障プログラム上級アナリストで、オバマ大統領の科
学特別顧問のグレゴリー・カラキさんは、7月来日した際、「私たちはいま、極めて重大な
局面に立っています」と次のように日本の人々に訴えている。
http://www.youtube.com/watch?v=itFI87hixy0 (直接開けなければ、このアドレスをコピ
ーして、Yahoo!JAPAN にコピーして検索してください)
(NGO「ピースデポ」が撮影、広く提供している。4分間)
「米政府内には大統領が示した核政策転換に反対する人々が存在します。とりわけ国務省や
国防総省そして国家安全保障会議のアジア専門家から、反対の声があがっています。この人
々が転換に反対する最大の理由は、日本政府が表明する『懸念』なのです」
「オバマ大統領がプラハで訴えた米核政策の転換というビジョンが、人類の歴史上で唯一、
核攻撃の犠牲となった国の政府の反対で打ち砕かれたとしたら、それはまさに皮肉であり、
悲劇にほかなりません」
「もう、時間が限られています。いまこそ日本政府、そして米国政府に向けて、『オバマ大
統領がプラハで示した米核政策の転換を支持します』声をあげ、そのメッセージが、とりわ
け米国務省、国防総省、そして国家安全保障会議のアジア専門家たちにきちんと伝えられる
ことが、きわめて重要なのです」
日本政府がなぜ、米核戦略の転換に「懸念」を表明する形で、執拗に反対しているのか。今
日(8月6日)の朝日新聞3面の特集「オバマ演説・日本ジレンマ」は、何となく歯切れが
悪いが、それなりにしっかり書いていると思う。もっと明らかにしなければならないのは、
具体的に米国が実行するかもしれない、どのような方策に対して、日本政府が反対している
かだ。まさか、包括的核実験禁止条約の批准に反対することはないだろう。しかし、「核兵
器の役割を低減させる」具体的措置として、核兵器保有国の決意をしめす重要な第1歩とな
る「核兵器の先制不使用」宣言や核不拡散条約(NPT)加盟の非核保有国への核不使用宣
言について、日本政府は反対を働きかけているのではないか。日本政府が「核の傘は」は、
「核だけでなく、生物・化学兵器の脅威に対しても使用する立場を崩していないからだ」(
同朝日新聞)
この日の朝日新聞の社説―「非核の傘」を広げるときーの主張には同感した。同社説は「
非核の傘」を広げる具体的な方策として(1)NPT加盟非核保有国への核不使用を国連安
保理決議で明確に義務化(2)ラテンアメリカ、南太平洋、東南アジアなど非核地帯条約を
米、中はじめ核保有国も批准して義務化(3)核兵器保有国が核先制不使用を宣言(中国は
すでに表明)-を挙げている。日本政府はこういう声に耳を傾けるべきだ。
「リベラル21」で私は、朝日新聞の報道をしばしば批判してきたが、この社説と特集の一
読をぜひお勧めします。 (2009年8月6日記)
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米国はなぜソ連のアフガン侵攻を誘発したのか
―30年後、なお未解明な真相
中東ジャーナリスト 坂井定雄
30年前の1979年。イラン革命、エジプト・イスラエル平和条約、メッカ襲撃事件、ソ
連軍のアフガニスタン侵攻・・・その後の世界を劇変させた出来事が中東で発生した。「歴
史にIfはない」というのは常用句だが、もし79年のできごとが起こらなかったら、世界
はどうなっていただろうか。
こんな問題意識で開催されたシンポジウム「30年の後」(6月6,7日。東京外国語大学
主催)では、興味深い発表と議論が交わされた。79年当時、共同通信社外信部の中東担当
デスクだった私も、アフガニスタンでソ連軍の侵攻前と侵攻後に現地取材したこともあり、
79年の出来事を忘れることはない。
そのなかで、なお解明されていない最も重要な問題は「米国はなぜ、どのようにソ連のアフ
ガニスタン侵攻を誘発したのか」ではないかと思う。
当時、ソ連軍侵攻への非難が世界中に高まり、米国でも日本でも、いわゆるタカ派の政治家
や学者たちが、「ソ連は中東産油国への軍事的影響力を確保するために、拡張してきた」な
どという、もっともらしい“分析”をして、ソ連攻撃を展開した。しかし、そのソ連拡張説
は全く事実ではなかった。
ソ連崩壊後に公開されたソ連共産党政治局の議事録などから、ソ連最高指導部がアフガニス
タン侵攻を決定する過程を綿密に分析した、日本での数少ない研究者が金成浩・現琉球大学
教授。その研究をまとめた「アフガン戦争の真実―米ソ冷戦下の小国の悲劇」(NHKブッ
クス、2002年)は残念ながら絶版だそうだが、今回のシンポジウムで同教授は、米国で
公開された秘密文書や、故グロムイコ外相が89年の死去の前に書いたゴルバチョフ書記長
あて書簡など、その後の資料もクロス・チェックした「米ソ冷戦とアフガニスタン」という
発表をした。その要点はー
(1) 1978年に誕生したアフガニスタンの親ソ連タラキ社会主義政権は、土地改革を
急いだため、部族長、地主ら旧支配勢力の反発が高まり、79年3月に西部ヘラートで大規
模な反乱が発生した。タラキ議長は反乱鎮圧のため、ソ連に対し、友好援助条約に基づき軍
の派遣を要請。要請は以後の半年間に再三行われたが、そのつどソ連最高指導部は断った。
「この地域での軍事的・政治的混乱を招き、米国による敵への援助強化を招く」というのが
理由だった。
(2) しかし79年タラキ議長が暗殺され、政権ナンバー2のアミン副議長が権力を握っ
た。アミンは米国の大学出身で、タラキ政権では米国大使との連絡役でもあった。公表され
た米国秘密文書によると、内容は不明だが、米大使はアミンとしばしば会っていた。
(3) 当時のカーター米大統領の国家安全保障担当補佐官だったブレジンスキーは、19
98年の仏誌とのインタビューで「カーター大統領は1979年7月3日、カブール親ソ政
権の敵対勢力に対する秘密援助を許可する命令に署名した。私はこの援助がソ連の軍事介入
を誘発することになるだろう、という私見を覚書にして大統領に渡した」「その要点は『い
まわれわれは、ソ連をベトナム戦争(のよう泥沼)に引き込むチャンスである』ということ
だった」と述べているが、援助の具体的内容については明らかにしていない。しかし、同補
佐官のスタッフだった、ゲーツ現国防長官の後の証言によると。秘密援助は現金や通信機な
どから始まったという。
(4) タラキ暗殺以後、ソ連最高指導部の論議が変化し、米国の介入の脅威を主張するウ
スチノフ国防相の主張が強まり、79年12月12日、病床のブレジネフ書記長がアフガン
侵攻の政治局決定に署名。ソ連軍はただちにアフガニスタンに侵攻、アミン議長を殺害して
、親ソ連のカルマル政権を樹立した。ムジャヒディン(イスラム武装勢力)の武装決起がた
ちまち拡大。ソ連は10年間に及ぶアフガン戦争を続け、人的、財政的に大きな損害を受け
た。89年のアフガンからの撤退完了後、2年もたたないうちに、ソ連は崩壊した。
シンポジウムで私は、カーター政権が反対勢力への秘密援助を決定し、ソ連の軍事侵攻の可
能性を十分予測しながら、ソ連への明確な反対・警告を表明しなかったこと自体、ソ連を泥
沼の戦争に引きずり込む誘発戦略だったことを示していると考える、と発言した。そして、
カーター政権の決定過程、政策の内容、秘密援助の内容と実施状況が明らかになれば、冷戦
史の重要部分を書き換えることになるのではないか、という私の問いに、金教授は、30年
が過ぎた今後、それらを記録した米国の秘密文書が明らかになるかもしれない、と答えた。
当時のカーター大統領は、いまは紛争の和平調停などの活動で世界から尊敬を集めている「
現役」だが、アフガン政策の決定過程について核心部分を明らかにしていない。そして米国
は、いまもアフガニスタンで戦争をしている。それが続く限り、79年の真相は、明らかに
されないだろう。歴史というには、あまりにも血なまぐさい。(了)
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良かった! NHKの「戦争と平和の150年」
国際法による平和、憲法9条の価値を強調
中東ジャーナリスト 坂井定雄
ご覧になった人が多いと思うが、NHK総合4月4日放送の「プロジェクトJAPAN
プロローグ戦争と平和の150年」1,2部は、見ごたえずっしりの力作だった。なぜ
か再放送の予告はないが、近いうちに必ず再放送してほしい。プロジェクトJAPAN
は3年計画だとのことだが、期待してますよ! 3月を通してNHKは、BS2でNH
Kや外国の放送局が作成したイラク戦争のドキュメンタリー(一部は未放送の映像もあっ
た)を10本ぐらい放送、わたしはすべてみた。アブググレイブ監獄所長だった女性準
将が辞職後、捕虜への残虐行為で告発された部下たちを訪問して、上官の命令で行われ
た国家犯罪であることを明らかにしていったドキュメンタリーの再放送や、米軍による
イラク兵の訓練の実態を報道したノルウエーのテレビ局のドキュメンタリー(日本では
たぶん未放送)など、良い放送シリーズを企画してくれたと感心した。
今回の「戦争と平和の150年」は、それ以上に、NHKの意気込み、良心、力量を感
じた。日本ジャーナリスト会議の受賞候補にもしてほしい。
「幾多の戦争を経た世界と日本が『力』ではなく『法』によって平和を実現しようと試み
てきた歴史の水脈を2部構成でたどる」(ネットの番組案内)という設定がいい。
国際司法裁判所の設立と足立峰一郎判事の役割の評価。冷戦下にNATOの重要軍事拠
点となった大西洋の島に建てられた日本国憲法9条の碑。アフリカのガーナやシェラレオ
ネのNGOが憲法9条を理念の柱にして平和活動をしていることなど、憲法9条が国際的
に高く評価されていることを、あらためて報道する意味は大きい。
アメリカでの日本研究の第1人者、ジョン・ダワー教授のコメントも深く、明快だ。
こんなに褒めると、政府や自民党の広報みたいなNHKの政治報道に嫌気がさしている人
たちに怒られそうだが、NHKで働く人々はこういう番組を作りたい、放送をしたい、
それができるはずだ、ということを、「戦争と平和の150年プロローグ」は示している
と思った。 それにしても、新聞のテレビ欄の番組紹介「▽女神と鉄血宰相▽法の支配を
めざす列強の魂胆▽オランダで国葬された日本人“侍”▽焼け跡に生まれた憲法・・・」
はなんだ。文案はNHKが書いたのだろうが、くだらなそうなのでVTRに記録しなかった。
腰を引かずに、ネットの番組表のような内容紹介をきちんとやるべきじゃないか。(了)
龍谷大学退官記念講演