実業研究会OB会於成蹊学10号館2010.5.29
21世紀の世界潮流を読む
廣野良吉 成蹊大学名誉教授 実業研究会元顧問教授
20世紀は革命と戦争の世紀といわれてきたが、21世紀はその最後になって、人々はなん
と呼ぶのだろうか。 1917年地球上で最初に誕生した社会主義国家ソビエット連邦が、
1990年に崩壊することになるとは、その数年前になっても誰が予想出来たであろうか。
1949年誕生した中国人民共和国が、1978年に世界市場へ開放され、社会主義的と
いう冠がついているにもかかわらず市場経済体制へ移行するとは、その数年まで誰が予言出
来たであろうか。
20世紀第三四半期以降の新興工業経済ないし「アジアの虎」と呼ばれた香港、韓国、シン
ガポール、台湾の世界市場への台頭に加えて、21世紀初頭にかけて世界市場へ一躍登場し
てきた中国、インド、ブラジル、南アフリカ共和国という新興国家が、いまや世界市場の3
割を占めるほど急速な成長を果たしてきた。このままの調子でいくと、2030年には開発
途上国が世界経済の半分以上に到達するともいわれている。その反面、第2次世界大戦直後
世界のGDPの約半分を占めた米国経済は、既に2010年現在で25%を下回っており、
5カ国から28カ国へ拡大した欧州連合でさえ、相変わらず世界経済の27%にしか達して
おらず、わが国にいたってば、最盛期の1990年から現在までに18%から8%にまで低
下しており、2020年までにさらに6%を下回り、これら3地域の先進国経済は2030
年には50%を下回ると予測されている。こうして、時代の変遷と共に選手交代の時期が早
まってきており、これら経済規模の大きな変化を反映して、今後世界における政治力、軍事
カバランスはますます途上国へ傾斜していき、やがて今世紀中ごろには、現在の先進国と途
上国との力関係が逆転するとさえ言われている。
わが国の毎日の新聞、テレビ番組では相変わらず、多くの評論家が登場し、国家の興亡の主
要な要因を論じている。 15世紀から16世紀末にかけての列強国家であったポルトガル
とスペインが何故、17世紀にはオランダ、フランスへその席を譲ったのか、18世紀中ご
ろからj79世紀に世界市場へ台頭した英国とロシアが、何故20世紀には米国と日本の雄飛を
許したのか、20世紀半ばから後半まで世界を席巻してきた米国とロシアは、今後どうなる
のか、さらに21世紀に台頭してきた中国、インド、ブラジル、南アフリカ共和国は、今後
ますます巨大化していき、世界の新たな国家間均衡を構築していくのか等を論じている。
また、時代劇を再三流して、戦国時代の諸藩の興亡、江戸幕府が何故長期政権を維持でき
たかを論じている。 しかし、このような国家や藩の興亡に焦点を合わせた議論が、21
世紀の今後に有意義だろうか。時代錯誤に落ち入っていないだろうか。国家が今後も存続す
るということには異論がないであろうが、経済的・社会的・文化的グローバリゼーションの
下にあって、少なくとも先進国では国民の最大の関心事は、国家の名誉、国家の興亡では
なくて、自然環境の保全、気候変動の安定化、感染症対策等地球的課題に適切に対処し
つつ、国民一人ひとり、住民一人ひとりの安全保障、生活の安定、生活の質・能力の向
上である。
それぞれの国家はかかる国民の最大の関心事を如何に担保するのか、他国の犠牲ではなく、
他国と協議・協力・協調しつつ如何に全世界的に担保できるかが各国の最大の関心事である。
この意味で、21世紀は戦争と革命の20世紀とは異なって、もはや国民の犠牲の下に国家
を護ったり、国家の名誉のために献身するのではなく、国民に奉仕する国家という、大きな
パラダイムシフトが起こっており、国民の経済社会福祉、地域の発展を優先する時代に入っ
たのではないかということである。中央集権国家が大多数を占める途上国でも、時間的ずれ
はあるが、国民が国家に奉仕するのではなく、国民・人民による、国民・人民のための、国
民・人民の国家、即ち国民主権国家へ転換することは明白である。
いかなる時代でも、国民経済の成長は、天然資源、資金力、労働力、技術力等国内資源の最
適動員による生産力・生産性の向上に基づくが、一方でその資源的動員力は国民の所得水準
の向上と価値観の変遷、特に環境意識の向上、産業構造の転換と共に低下していくものであ
り、他方では世界市場への参人力は単に経済的な要因だけが規定要因ではなく、政治力・外
交力、文化力が大きに影響している。軍事大固化を否定したわが国にとっては、軍事力が核
兵器の誕生で形骸化した、非核国へ核兵器を使用しないという国際条約が締結されようとし
ている21世紀の国際社会で、各国から尊敬され、愛される役割を果たすためには、一方で
低下しつつある国内資源の動員力の再生に励むと共に、他方では政治力・外交力、文化力が
今後ますます重視されなくてはならない。両者とも並大抵の努力では達成できない。そこに
は、確固たる哲学に依拠したビジョンの形成、国民の合意に基づいた目標の設定、目標
達成を最優先する政治的指導力、経済的・社会的インセンチブを活用した結集力・実行
力の強化、自然・社会環境の激変に対応できる柔軟性の発露が不可欠である。こう考え
ると、21世紀は、世界各国がその政治力・外交力、文化力を競い合って、人間の尊厳を根本
とした人間性に目覚め、自国のみならず、世界全体の人間性の豊かさの向上を目指した、
「新たな平和共存・人間性の追及の世紀]の到来といってもよいであろう。
2010.4.8